とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

甘い漂流

  また、ダニー・ラフェリエールを読んだ。先に読んだ「帰還の謎」と一体をなす自伝的作品「甘い漂流」。「帰還の謎」はカナダから久しぶりにハイチへ帰った旅をテーマとしたのに対して、本書はハイチからカナダへ逃亡してからの1年間を題材としている。1994年に初版が発行された後、2012年に大幅な増補改訂を行って新版が発行された。新版では全体が一つの自由詩のようになって、初めてのカナダ・モンレアルでホームレス生活から何とか職を持って生活を始め、女性たちとの性生活、そして冬がやってきて春になる。そんな1年が綴られている。

 移民としての眼で見るカナダの実像。底辺の生活。女性とのやりとり。人々の暮らし。そんな事柄が、多くは詩文として、時に散文で、延々と書き綴られる。その視点がとても新鮮で面白い。日本に暮らすブラジル人やペルー人も同じような眼で日本を見ているのかもしれない。そしてところどころ現れる日本への意識。芭蕉が好きな作家の一人に挙げられている。

 その過酷な人生にも関わらず、一方で作者の明るさや温かさが感じられる。移民生活はそうでなければ生きていけないのだろう。そんな逞しさと優しさを同時に感じる。つらいけれど心和むやさしい作品だ。 

甘い漂流

甘い漂流

 

 

○小さかった頃、/どの国にも/独特な色が/あるものだと思っていた。/よそでは空は/黄色で、/海は赤くて/木々は薄紫色なのだ、と。/ぼくは失望したわけではないが、/生計を立てるため/だけでも/こんなに早起きしなければ/ならないことに/当惑する。/貧困は/独裁政治の/結果の一つであり、/ここでは別の段階に/移行しているものと/思っていた。(P17)

○ぼくは今日で二十三歳だ。/人生にたいして何も要求しない、/ただ、すべきことをしてくれさえすれば。/ぼくがポトープランスを離れたのは/友人の一人が海岸で/頭を砕かれて発見され、/もう一人は地下の独房に/閉じ込められているからだ。/ぼくたちは三人とも同じ年に生まれた。1953年。/総括すると、死者一名、牢獄一名/そして三人目は逃亡だ。(P115)

○権力は、お金と同じで、それをもっている人しか味わえない快楽だけど、オルガズムはだれにでも手の届くところにあるのよ。そうですが、性的快楽はみんなが感じられるわけではありません。もちろんよ、欲望が欠如していたら、世界中の黄金を全部集めたってどうにもならないわ。(P288)

○ぼくは四季を経験した。/若い娘とも/女性とも知り合った。/ぼくは貧困を経験した。/孤独も経験した。/一年のうちに。・・・故郷を離れて/別の国に行き、/劣った状態で/すなわち保護ネットなしで/故郷に戻ることもできずに/生活することは/人間の大冒険の/究極のものであるように思える。・・・あの国、ハイチ、/詩人のジョルジュ・カステーラがいったように、/人びとが惰性で/死に向かう場所。(P305)