とんま天狗は雲の上

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死体鑑定医の告白

 筆者の上野正彦を知らなかった。TV出演も多い超有名人らしい。そして本書も本当に面白い。内容はほとんどミステリー。車中の女性の遺体は一酸化中毒による自殺か、他殺か。プール横の墜落死は自殺か、事故か。入院患者の墜落死は事故か、自殺か。温泉の遺体は溺死か、病死か。

 いったん解剖等もされ、検死報告がされた事件について、上野氏のところへ様々な方から再鑑定の依頼が舞い込む。「死者の名誉、人権を守らなければいけない」。その信念の下、検視報告やその他の資料を読み込み、再鑑定を行う。そして逆転された多くの判決。まさに起死回生の活躍だ。

 既に88歳だという。まだ再鑑定を行っているんだろうか。上野氏に代わる死体鑑定医はいないものか。そうした問題意識はさておき、とにかく痛快な話なので、また機会があれば、ベストセラーとなった「死体は語る」など、他の本も読んでみようかと思う。

 

死体鑑定医の告白

死体鑑定医の告白

 

 

〇「弱者の犯行、ですか?」/「ええ。弱い人間ほど、刺した後、中途半端な創であれば、相手が起き上がってきて強い抵抗や反撃に遭い、自分がやられてしまう、つまり保身の心理が働くためにやはらめったらと刺すんです。・・・一方、強い加害者、たとえば暴力団ヒットマンは、急所を一発で仕留めているから、何カ所も傷は残っていない。一カ所のみの場合も多い。(P27)

〇女性が覚悟の自殺をする際、死後のことを考えて、自殺の前に排尿をして臨むことが圧倒的です。したがって本事案のように急性中毒死の場合、たとえ尿失禁があったとしても少量です」・・・そのとき刑事にひとつ、いい忘れたことがあった。・・・「そうそう、刑事さん、ひとついい忘れましたがね、女性が覚悟の自殺をする場合、それがどんなに高齢の女性であってもね、必ずきれいに化粧を施しているものなんですよ」(P51)

〇『さしたる証拠もないのに早々に自殺と断定し、死者の名誉をはなはだしく傷つけた」/その言葉を目にして、ぐっときた。まさに私が監察医時代からずっと訴え続けてきたことだったからだ。彼の父親の人権を守らなければいけない。そんな思いが強く生まれていた。(P121)

〇いろいろな再鑑定の依頼がくる。その中で比較的、鑑定しやすいのが、ビルから墜落した事案だ。死体所見を丹念に調べていくとどういう状況で死に至ったか、割と正確に判断できる。・・・「あなたはどうして亡くなったんですか?」/中には私がたずねてもなかなか真相を語ってくれない死体もあるが、今回の場合は違った。ビルの屋上から墜落した死体だったからだ。(P136)

〇私は読者からサインを頼まれると“生”と書くことにしている。多くの死を見てきたので、死を通していかに生きるべきかを知る、その思いを込めての「生」(いきる)である。肉体は滅びても親しい人々とは心は通じ合っている。心の中でその人は生きている。墓標には私が書いた毛筆の“生”の一文字を刻んだ。(P197)