とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

バースデイ・ガール

 村上春樹が過去に書いた短編の一つに、カット・メンシックがイラストを添えたシリーズの4冊目。前作の「図書館奇譚」にも書いたように、個人的にはカット・メンシックのイラストはあまり好きではない。でもまあ、全ページ、赤とピンクとオレンジと白の4色で描かれたイラストは、本書に合っている。と、「図書館奇譚」でも同じようなことを書いている。

 「バースデイ・ガール」は覚えていた。初出は「バースデイ・ストーリーズ」。それできっとそれを読んだのだろうと思ったら、記録にない。「めくらやなぎと眠る女」で読んだようだ。そこでは、全24編の中のベスト3の1編に挙げられていた。なるほど。こうして取り上げられるわけだ。村上春樹も気になる短編ということ?

 でも、

○たいていの人は自分の二十歳の誕生日のことをよく覚えている。彼女が二十歳の誕生日を迎えたのはもう十年以上昔のことだ。(P12)

 と書かれているが、少なくとも私は二十歳の誕生日がどんなだったか全く覚えていない。二十歳どころか、1回も覚えていない。いや、今月迎えたばかりの誕生日は、買い物から帰った妻に「今日、誕生日だよ」と言ったら、「忘れていた」と言われ、普段の鍋を食べたことしか記憶にない。わが家は誕生日と言っても、特別なことをする習慣はない。それはたぶん結婚後だけでなく、結婚前、両親や妹たちと暮らしていた時も。どうしてだろう。本当に誕生日は特別な日なのだろうか。

 それはさておき、この少女が老人に伝えた、誕生日のたった一つだけの願い事って何だろう。それはたぶん「人生が実りのある豊かなものであるように」ではなかったか。それとも「なにものもそこに暗い影を落とすことのないように」だったか。そして今のところ何不自由ない生活を送っている。これからも老人の贈り物は一生続くだろう。誕生日から死亡日までの間は。そして年に一度、そのことを確かめる。それが誕生日の本当の意味かもしれない。

 

バースデイ・ガール

バースデイ・ガール

 

 

○売り言葉に買い言葉で激しい口論がひとしきり続いたあと、それまで二人を繋いでいた絆が致命的に損なわれてしまったという感覚があった。彼女の中で石のように硬くなって死んでしまったものがあった。(P8)

○たいていの人は自分の二十歳の誕生日のことをよく覚えている。彼女が二十歳の誕生日を迎えたのはもう十年以上昔のことだ。(P12)

○「誕生日おめでとう」と老人は言った。「お嬢さん、君の人生が実りのある豊かなものであるように。なにものもそこに暗い影を落とすことのないように」(P33)

○「私が言いたいのは・・・人間というのは、何を望んだところで、どこまでいったところで、自分以外にはなれないものなのねっていうこと。ただそれだけ」(P54)

○そしてすべての人が、一年のうちで一日だけ、時間にすれば二十四時間だけ、自分にとって特別な一日を所有することになる。・・・みんなその「特別な日」を年に一度だけ与えられている。すごく公平だ。そしてものごとがそこまできちんと公平であるというのは、まったく素晴らしいことではないか。(P59)