とんま天狗は雲の上

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未来の再建

 「幸福の増税論」は今年これまでに読んだ中で最も印象に残っている本であり、筆者の井手英策の本であれば何でも読みたいという気持ちのまま、本書を購入してしまった。だがこれは共著。貧困問題・社会福祉が専門の藤田孝典、労働問題の専門家である今野晴貴とともに、井手英策が財政論を書いている。内容的には「幸福の増税論」とほぼ同じ。ベーシック・サービス論だ。よって、井手英策の論考を読むというよりも、藤田と今野がそれぞれの専門分野の中で行き詰っていた問題を井手と出会うことで解決の道を見出していくといった内容に見える。

 とは言っても、藤田と今野が担当するパートでは、社会福祉と雇用の場における困窮の状況がもっぱら綴られることになり、それが井手のベーシック・サービス論と出会うことで、これらの問題がどう解決していくのかという姿まで描かれることはない。

 いや、そうではなく、今野が描く日本の労働問題の根底には、勤労と倹約を美徳とする日本独自の道徳意識が横たわっており、日本政府が減税と公共事業による経済成長中心の政策を推し進めた結果、現在の自己責任社会ができあがり、二進も三進もいかなくなってしまっている。そしてその影響は藤田が描く社会福祉の現場でよりはっきりと見えるようになっている。この閉塞状況を突破するための政策として、井手のベーシック・サービス論が提案される、という構成のものとして読めばいいのだ。

 つまり本書は、今野や藤田のシンパ(いわゆるリベラル層?)に対して、井手のベーシック・サービス論を提示・紹介するために書かれたのだと思えばわかりやすい。つまり、弱者が弱者を糾弾する不寛容な社会となってしまった日本においては、弱者の悲惨な現状を訴えるだけではその状況を変える力にはなりえない、ということ。それでまずは弱者の味方であるリベラルを仲間に入れて、次は強者の理解を得ていこうという作戦か? 実際、ベーシック・サービス論は強者である富裕層にとっても、最終的には有利になる仕組みだと思える。問題は彼ら(上層者・富裕層)に、近視眼的に目の前の富だけを追い求めることが結果的に自らを弱者に陥らせることなることをどうやって理解させるかだろう。

 市民・労働者らによる社会運動の結果、政府も少しずつ再分配を強める方向に動いているという今野の第5章の考察は本当だろうか。そうした牛歩の動きが経済社会の急速な変化(と凋落)に追い付かれ、飲み込まれないことを祈りたい。

 

未来の再建 (ちくま新書)

未来の再建 (ちくま新書)

 

 

○【藤田】優先順位を決めて社会福祉の対象者を選別して給付する「選別型社会福祉」はもはや限界なのである。……今やワーキングプアを含む労働者など市民全体を福祉対象としなければならない時期が来たのではないか……。人びとのあいだに広がる生活苦を放置すれば、国民全体の「統合」の危機は深まるばかりだ。(P043)

○【井手】弱者にたいする寛容さをこの社会は明らかに失いつつある。/低所得層への転落の恐怖……をあおりたてるポピュリズムヘイトスピーチが日本、そして先進各国で勢いをましている。/こうした現実を直視すればあるひとつの問いにたどりつく。それは「社会的弱者とはいったいだれのことか」という問いである。そしてその答えはこうだ。「貧困に苦しむ人たちだけではない。大勢のこの社会を生きる人たちなのだ」。(P071)

○【井手】「経済の時代」とは、「くらしの場」でみたしあってきた「ニーズ」を、「はたらく場」で手にした賃金によって、自助努力でみたすようになった時代だった。……このように「ニーズの市場経済化」が共同行為を弱らせていった一方、僕たちは……あらたな「保障の場」を作りあげていった。/財政は「人間の生存や生活をまもるため」に生まれた「あたらしい共同行為」だった。……「みんなの利益」のためにつくられたもの、それが財政だったのである。(P128)

○【今野】働き方改革は、低賃金・長時間労働を促進するだけでなく、副業や借金を推奨することで、ますます賃金依存の社会を作ろうとしている。これは……福祉の選別主義と結びついて、この社会の荒廃を加速させていると言っていい。/詰きつめれば、勤労主義を継続し、自己責任で対応しろということだ。「保障の場」の再建を放棄していることと、「はたらく場」における勤労主義の継続は、結合している。(P184)

○【井手】所得が減り続け、将来不安におびえる人たちにとって、一部の人たちが「既得権」を手にできる財政が公正なものに映るだろうか。むしろ、「既得権を持つ社会的弱者」が不正に受給していないか、ムダ使いをしていないか、疑心暗鬼になってしまうのではないか。……弱者への配慮が対立の源泉になるという不幸。生活苦におびえる「大勢の弱者」が「さらなる弱者」を見捨てる不条理。この負の連鎖をいますぐに断ち切らなくてはならない。……ではどうすればよいのか。/答えは簡単だ。嫉妬と疑心暗鬼の根底にある「既得権」をなくせばよい。(P228)