とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

一神教と戦争☆

 キリスト教にせよ、イスラームにせよ、一神教だから戦争が起きる。いや、そんなわかりやすい話ではない。キリスト教に造詣の深い橋爪大三郎氏。自らイスラームとしてカリフ制再興を唱える中田考氏。欧米と中東から始まるイスラーム圏の確執を、それぞれの宗教的、文化的背景から読み解き、さらに中国やロシア、インドなどの現状に対する分析も加え、今後の世界動向を展望する。個々人の心のうちから世界情勢に至る、そのあり様を非常にわかりやすく、かつ納得のいく形で説明し、議論していく。知的好奇心を強く揺すぶられる刺激に満ちた対談だ。

 理性と啓示を分けて、別のものとして捉えてきた西欧では、法人概念が発達し、ネーション・ステートが誕生した。一方、理性と啓示は対立せず、理性の限界を啓示が決めるとするイスラームでは、カリフの下でムスリムとして一つにまとまる社会を構想する。そこでは法人も国境も国家さえも必要ではなかった。戦争という概念すら西欧とイスラームでは違っている。そもそもイスラームには内戦やジハードはあっても、国家同士の戦争という概念がない。

 まったく異なる世界観と社会構造をもった二つの地域がグローバル化の中で、近年、摩擦を繰り返してきた。しかし、西欧的グローバリズムも今や衰退の局面を迎えている。よりグローバルな思想のもとで世界を再構築する必要が高まっている。こうした状況の中、日本に目を向けると、マルクス主義アメリカ型の社会科学に翻弄された結果、結局何も残らなかった。振り回された挙句の虚無感のみが漂っている。しかし世界は変わっていく。この状況をただ傍観するのではなく、それぞれの背景も含めてしっかりと観察し、どう関わっていくのか、どう追従していくべきか。その場合の日本の役割は何か。それを考えていくことが必要だ。

 これまで中田氏によるイスラームの説明は読んだことがあっても、これほどまで世界の情勢を把握し、理解した上で、イスラームであることを選択したとは知らなかった。その思想の大きさに驚くとともに、人間社会の成り立ちと思想の多様さと可能性を理解した上で、世界情勢を考えていくことの必要性・重要性を実感した。大きな知性がここにはある。実にぜいたくな対談だったと思う。

 

一神教と戦争 (集英社新書)

一神教と戦争 (集英社新書)

 

 

○【中田】キリスト教でいちばん重要なのか、父でもなければ、イエスでもなく、聖霊ではないかと私は思っています。その精霊とは何かといえば、教会です。聖霊は教会に宿っているわけです。……法人概念と言うのは、まさにその精霊概念によって支えられている。……それを支えている理念は……ギリシャ哲学……ですね。(P79)

○【中田】国民国家というものを打ち立てたフランス革命自体が、ふたつの矛盾するベクトルを持っている……人類はひとつ……という普遍主義を啓蒙するベクトルと、それぞれのネーションが主権を持つというベクトル。……【橋爪】ネーション・ステート自体が……特別な歴史的条件があってようやくでき上がったものである、ということ……によく注意しないと、イスラームのほうがアブノーマルだととらえるしかなくなる。(P130)

○【橋爪】イスラームには、法人の考え方がない……ムスリムとして抽象的に連携するしかない……ので、実は、意味ある集団をつくることができないのです。意味ある集団をつくれるのは、血縁です。……部族社会になるしかない。……こういう社会は、共和国になれません。……まったく血縁関係のない有能な誰かに、自分の権限を投票によって委任しよう、という考えにならないのです。(P140)

○【橋爪】マルクス主義から離れて何が残ったかというと……何もなかった。……フランス現代哲学は……暇はつぶれても、現実社会や日常生活はまるで変化しない。……政治学、経済学などの社会科学……は……思想と呼べるほどのものにはなりません。すっかりふり回された知識界には……ルサンチマンしか残らなかったのです。そのあげくに……本音は反米だったりするのに、アメリカに従属しながら日々を生きている。それは、私たちの知的な構築力がひ弱だから、そんなふうに流されているのだと思います。(P192)

○【中田】問題は、一神教にせよ、多神教にせよ宗教ではありません。そうではなくネーション・ステートが非常に攻撃的な暴力装置であって、それを近代が暴発させ、非常に危険なものにしてしまったのです。……ネーションの持つ暴力装置が強大になると、暴力、戦争が起きにくくなります。核兵器もそうで……その意味では、ネーション・ステートは非常に強力な暴力を持っていることによって平和を実現しているわけです。(P217)