とんま天狗は雲の上

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経済の時代の終焉☆

 「幸福の増税論」以来、井手英策に注目している。新書も多く出ているが、本書はそのバックボーンとしての現状の経済分析を歴史的に追いかけた専門書である。

 「本巻は歴史の書である」(P18)という文章が序章に書かれているが、確かに、第1章では日本や世界各国が現在のような新自由主義とグローバル経済に呑み込まれていった経緯を1971年のニクソンショックまで立ち返り、その後の経緯を追っていく。そこで描かれるのは、アメリカの自己中心的かつ内政干渉に等しい経済政策への要請であり、それを利用した経済界の主張であり、それらに抗しきれない政府とそれを良きものとして受け入れていった国民の姿である。我々は「市場の失敗を補うことが政府の存在犠打ということを忘れ、政府の機能縮小こそが市場を活性化させる」という新自由主義的政策を正しいものと思い込んでしまった。

 第2章ではグローバルゼーションこそが賃金を下落させていること、第3章ではグローバルゼーションによって世界経済がいかに揺るがされていったかを歴史的に描いている。そして「第4章 なぜ財政危機が問題なのか?」では、デトロイトの例、そして夕張問題を振り返りつつ、問題は経済危機ではなく、社会統合の危機にこそあると訴える。

 「終章 経済の時代の終焉」では、ポランニーを持ち出して、経済とは「交換」だけではなく、「互酬」と「再分配」の3つが統合したものだと指摘する。現在の経済政策はあまりに「交換」の原理ばかりが突出し、結果的に「互酬」と「再分配」を支えてきたコミュニティや社会のつながりを破壊していった。これら3つを総合的に捉えた経済政策。そのためにあるのが「財政」だと筆者は言う。

 「財政」というと、個人的にももっぱら歳出を削減し、歳入と歳出のバランスを取るだけのものという認識が強いが、筆者によれば「財政の本質は社会的統合にある」と言う。そしてそのためには、分断し選別する形の再分配ではなく、所得や年齢等によって受益者を選別することなく、人間の生活にとって必要なものをすべての人びとに普遍的に提供する「普遍主義」の財政を提言する。この具体的な政策が先に読んだ「幸福の増税論」で提案されている「ベーシック・サービス」とそのための消費税を中心とする増税案ということになるのだろう。本書ではそこまでは書かれていない。しかし、現在の経済活性化や財政規律ばかりを求める政策では社会はますます分裂し、単なる「人間の群れ」へと堕していく。本書の末尾では、「私たちは歴史の結果を知っている」。だからこそ未来に向けて決断することも可能だと我々を鼓舞している。筆者の声が少しでも多くの人の耳に届くことを願いたい。

 

経済の時代の終焉 (シリーズ 現代経済の展望)

経済の時代の終焉 (シリーズ 現代経済の展望)

 

 

○経済のグローバル化、これと連動した政府・財界の規制緩和は、海外現地生産の増大、設備投資の減少、賃金の抑制、金融機関の国際投資となって帰結した。これらが一体となって日本にもたらされたのがデフレ経済である。デフレ経済を社会の停滞の原因とみなす議論が多いが、明らかに問題は逆転している。デフレはさまざまな社会経済的変動の結果なのである。(P112)

○経済的な停滞を取りあげて財政危機を語る人びとは、経済の復活以外に突破口を見いだそうとはしない。だがそれは完全に間違った処方箋であるし、この過ちを繰り返したのが「失われた20年」の日本で……あった。/経済衰退は、深刻な社会的、政治的対立が複合化され、同期されることで、財政の危機はあらわれる。財政の危機とは鋭く社会全体の危機を表現している。(P178)

格差社会が深刻なのは、格差が拡大するからだけではない。中間層が格差の是正に合意しなくなったという政治的、社会的な状況こそが決定的な問題である。社会的連帯の基礎には共通の理解・合意がなければならない。だが、この理解や合意が成り立たなくなるとき、社会は人間の群れへと転落する。私たちが直面しているのはこうした「統合の危機」にほかならない。(P198)

○交換の原理が突出した市場経済は、人間を労働者に変え、これを都市部に追いやることでコミュニティや人間のつながりを破壊し、集団による互酬や再分配を困難にした。……この両者をすくい取るようにして発達してきたのが公的領域であり、その中核をなしたのが公共部門の経済である「財政」である。/財政は経済からこぼれ落ちていった互酬と再分配を組み合わせ、新しい公的領域を育むことで発展してきた。(P201)

○人間の人間らしい生のために、社会全体に資金を蓄えること、その使い道を正しく決定するために、民主主義とかかわっていくこと―これらは社会を効率化させるための大切な条件である。/歳出削減を至上命令としてきたこれまでの努力が生み出したのは、人間を疑うことが合理的な社会である。社会的なつながりを傷つけながら財政を「再建」することはできない。いや、それどころか、財政の本質である社会統合を危殆に陥らせ、経済による社会の破壊をいっそう助長させることとなる。(P230)