とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

HELLO,DESIGN

 当初、本書は都市・建築設計について示唆を与える専門書かと思って読み出した。しかしこれは「ビジネス書」の範疇に入れていいのだろう。筆者は、言ってみれば「プロダクト・デザイナー」かもしれないが、単に工業製品という枠から飛び出して、社会のさまざまな局面における「デザイン思考」の有用性と必要性を述べている。だが、筆者が言う「デザイン」とは、普段私たちが思っているデザインとは違う。我々は「デザイン」とは、美的に形や色彩などを提案することだと思っているが、筆者が言う「デザイン」とは、プロジェクトの初期の段階から、課題を見つけ、目的を設定し、コンセプトを作り、結果を導く。これら一連の行動と思考を「デザイン思考」と言っている。

 そして、筆者が所属したコンサルティング会社「IDEO」では、この「デザイン思考」を実践して、多くの企業の支援をし、新たな製品やサービスを生み出し、イノベーションを起こしている。IDEOの本国イギリスでは、今やクリエイティブ産業の基礎となるデザイン教育が初等教育段階から取り入れられているそうだ。「デザイン」はひとつの行為ではなく、「デザイン思考」というプロセスである。本書ではそうした「デザイン思考」の重要性と「デザイン思考」のプロセス、そしてそれを実行する組織や「個」のあり方について説明をしていく。

 だが、改めて私が専門とした都市・建築の分野で考えてみれば、筆者が述べるような「デザイン思考」というのは当たり前に取り組まれていたような気もする。ただし、これほど明確に意識はせずに。すなわち、建築設計という行為は、施主の意向を把握し、観察・課題把握等を経て、空間を提案する仕事だ。施主の意向を無視してデザイン性だけに走る建築家もいないではないが、基本的には施主とのフィードバックを重ねて仕事を進めていく。そして建築デザイナーは、単に意匠だけでなく、構造設計者や設備設計者、造園設計者との連携があって初めて設計が形になっていく。つまり、異なる分野の専門家が集まってデザイン思考を実行していくのだ。とは言っても、現実的には、構造や設備の設計者がデザイン過程に参加せず、単に下請け仕事になっていることも多い。筆者が言うような「デザイン思考」は建築設計の現場でこそ意識して必要とされるものかもしれない。

 筆者は、「デザイン思考」はAI化が進む時代において、今まで以上に求められるものだと主張する。確かにそうだろう。AIではなく人間にしかないもの。それは「主観」であり、「主観」を大事にしていくことこそが「デザイン思考」の原点だからだ。個々が体制に忖度することなく、自信を持って「主観」を主張できる社会。「表現の不自由」のない社会こそが、これからの社会の重要な原動力になるということだ。

HELLO,DESIGN 日本人とデザイン (NewsPicks Book)
 

 

○改善や差別化といった「地続き」のアイデアではなく、他の人がなかなか思いつかないような「飛び石」のアイデアを、社会の変化のスピードに負けずに生み出せる。その結果、あたらしい未来を描く。/これが、デザイン思考でできることです。……デザイン思考はデザイナーのセンスやテクニックを学ぶものではありません。あくまで学ぶのはデザイナーのものの見方であり、考え方。(P9)

○デザイナーは、日本では長らく「ビジュアルを整える人」のイメージを持たれていました。企画や戦略、販売計画などを経た、最後のアウトプットの部分のみに携わる人たち。……デザインの仕事は必要なときに外注するものだ、と考える会社も多いでしょう。……本来は、デザイナーは「そもそもこのプロジェクトでは、誰のどのような課題を解決するか」という「問い(テーマ)」を考えるところから、実現可能なビジネスにしていくフェーズまで、プロジェクト全体に携わる人なのです。(P42)

○もはや、主観で「おもしろい!」と思えるところにしか、受け手の驚きは生まれない。……客観的/論理的であることは、あたらしい価値を生み出すフェーズではなんのアドバンテージにもならないのです。……論理や客観で生み出されたものが飽和している世の中では(しかもこれは近い将来、AIにお任せできるようにもなるでしょう)、誰もが主観を大切にするマインドを実践しなければならないのです。(P54)

○全方位的に優秀であることよりも、「自分にできること」が明確で、いろいろな能力を持った仲間がたくさんいることのほうに価値がある。スキルに偏りがあっても「自分にはこんなに多才な仲間がいます」という人のほうが幸せだし、強い。/いま、そんな時代にシフトしてきているとあらためて感じています。(P153)

○イギリスのように「クリエイティブ産業」を伸ばすためにも、全員が義務教育の中でデザインの本質を知る機会を与えられるべきだと思うのです。/デザインリテラシーを多くの人が身につければ身につけるほど、デザイン思考のスタンスである「建設的でポジティブな議論」がふつうにできる世の中になるはずです。……「読み・書き・そろばん+デザイン」が広まれば、幸せな人も増えていくとぼくは考えています。(P199)