とんま天狗は雲の上

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なぜ、成熟した民主主義は分断を生み出すのか☆

 タイトルだけ見れば、社会の分断を糾合し、否定する内容のように見える。筆者をWikiで検索すると、「右翼評論家」と書かれている。本書を読みだすと、筆者が長く日本及び米国共和党で選挙事務や選挙対策に関わってきたことが示されている。「現在は米国の選挙・政局情勢に関する分析を提供する仕事をしている」(P005)。ということで、やや眉唾な思いで読み始めた。

 最初に披露するのが、民主党系のリベラル層が如何に分断を創り出し、拡散し、その解消を訴えることで支持を得ているかということ。それに対して共和党は、「建国理念」への賛否を問うことにより、ナショナリズムによる分断と同化を図っていると言う。その上で、中国の独裁的な政治体制下におけるアイデンティティの強制について論じ、いずれにせよわれわれはアイデンティティの分断の進展からは逃れられないのだと指摘する。

 さらにグローバル化の流れは、世界を単一にした上で、人種や国家ではない別の切り口でアイデンティティの分断を図ろうとする。第5章「越境するアイデンティティによる民主主義の開始」では、デジタル人民元Facebookリブラという二つの仮想通貨が国家毎に管理された法定通貨を凌駕し、国家内で仮想通貨同士のアイデンティティの分断が発生するという近未来の政治状況について思考実験をしてみせる。

 現在、新型コロナウイルスの感染拡大により、世界経済が大混乱しており、仮想通貨の一つであるビットコインの急落も報じられてはいるが、中国とアメリカという二つの覇権国の間で競われる二つの仮想通貨の争いは、従来の法定通貨を使用する国家を大きく分かつ可能性がある。そしてそれを民主的に決定しようとすれば、どちらの仮想通貨を国民がより多く利用しているかという、これまでの保守対リベラルではない別の分断が発生し、国家を動かしていくことになる。これは確かに現実味のある近未来図かもしれない。

 いずれにせよ、われわれは常に、アイデンティティの強制を受け、分断を強いられている。このことを認識し、自由意思を持って、主体的に自らのアイデンティティを取捨選択していくことが必要だ。そのためには「読書」(P202)というのは正しいかどうかわからないが、読書好きには嬉しかったかな。社会的分断が恣意的かつ不断に作りだされているという指摘は、なるほど、頭に刻み付けておく必要がある。

 

 

○われわれの社会は絶え間なく永遠に細分化され続けていく途上にあり、それは成熟した民主主義国で自然に起きることなのだ。したがって、われわれはアイデンティティの分断が拡大化・深刻化していくことを受け入れざるを得ない。そのことを所与の前提として、人間社会の在り方を考えていくほうが賢明である。/しかし、それは…民主主義のシステムとは決定的に相容れない要素を持っていることも事実だ。アイデンティティの分断に伴うアイデンティティの画一化・単純化は民主主義の在り方自体を危機にさらしている。(P053)

アメリカ合衆国は、国家の成り立ちが「価値観による統合」からスタートしている世界でも稀有な国家である。多様が故に、アメリカ合衆国が掲げる建国の理念に同化していくプロセスを通じて「アメリカ人」になるわけだ。…アメリカを表す「人種のるつぼ」とは、この統合のプロセスを示す言葉であり、決して多様なバックグラウンドを持っている人々が、それぞれ自由にアメリカを謳歌しているという意味ではない。(P086)

現代社会は、常に何らかの形でわれわれに画一化・単純化されたアイデンティティを強制し、その枠の中に人間を押し込めようとしてくる。政治はアイデンティティの分断を人々に認識させ、その対立構造を利用して政治的資源を動員することを生業にしているからだ。/このような状況を脱却し、自らのアイデンティティをうまく使いこなせるかどうかによって、「しなやかで強靭な精神を手に入れられるか否か」の道が分かれていくことになる。(P139)

○本書において、読者に最も伝えたいメッセージは、政治が求める「アイデンティティの分断」から脱却すること、そして自ら意識してアイデンティティを取捨選択し、優先順位付けをすることの重要性である。…彼らは人間が持つアイデンティティの多様性を捨象することで、人々を画一的な政治的価値を持つ「部品」に切り替えようとしている。…他者によるアイデンティティの強制を撥ね退け、自分が何者であるかを決める力は己の中にしか存在しない。われわれが取り戻すべきは「自由意思」であり、「自由意思が生み出すアイデンティティの多様性」である。(P194)