とんま天狗は雲の上

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「深層」カルロス・ゴーンとの対話

 ゴーン氏のレバノンへの突然の不法出国があったのは、昨年の大晦日。まだ9ヶ月しか経っていないのに、もうすっかり過去のことのようだ。一昨年11月に、ゴーン氏の突然の逮捕があって以降、マスコミ的には「ゴーン氏の強欲」話がもっぱらだったが、わが家的には「日産のクーデターに嵌められた」説が有力だった。そして当時から、そうした見方を積極的にブログ等で開陳してきたのが、郷原氏である。

 それまで、「ゴーン氏の裁判」にかかる本を発行すべく、取材し、執筆を進めてきた郷原氏にとっても突然の不法出国は寝耳に水で、本の発行も白紙になりかけたようだが、今回、ゴーン氏のレバノンでの記者会見を経て、出国後の追加インタビューも加え、そもそもあの事件は何だったのか、その後の公判の見通しや事件にかかる日本の検察制度の問題などを、いつもの明晰な文章で明らかにしている。非常にわかりやすい。

 加えて、必ずしもゴーン氏サイドに偏ることなく、日産経営にあたってのゴーン氏自身の問題、そして日産内部の問題についても取材情報をもとに推察している。ゴーン氏追放劇以降、日産の業績は落下傘のように急落している。その原因に対する筆者の推察は興味深い。いろいろな見方があるだろうが、日本の会社経営における構造的な問題が垣間見えてくる。そして、そうした日産と歩を同じくしたように見える日本政府と検察組織。日本企業の行く末とともに、日本国自体の行く末も大いに気になるところではある。

 たぶんこのままゴーン氏の事件は、マスコミも政府も積極的に取り上げることなく、忘れ去られていくのだろう。だが、郷原氏が本書で指摘した検察制度の問題は深く大きい。そして忘れ去ることで、せっかくの改革の機会を逃してしまうことになるかもしれない。それが何より怖いし、残念だ。「特捜部は、検察の権限を『私物化』した」のではないかという郷原氏の指摘は相当に真っ当であるように思える。

 

 

○金商法違反についてはそもそも「未払いの役員報酬」を…有価証券報告書に記載すべきとする検察の主張自体が、法律上成立し得ないものであり、…比較的早期に無罪判決に至っていたであろうと考えられる。…特別背任のうち、スワップ契約の付け替えについては…「会社に損失を発生させた」という事実がなく…無実となる可能性が高い。…中東ルートの2つの特別背任については、裁判が著しく遅延し、…起訴から10年近くかかる可能性が高い。…そのような公判の長期化の見通しに絶望したゴーン氏は、レバノンへの不法出国を決意したということだろう。(P174)

○取調べに弁護士を立ち会わせる権利は、弁護士の援助を受ける権利や黙秘権を実質的に保障するために必要なものとして、多くの国及び地域で認められている。先進諸国で、刑事事件の取調べに弁護士の立会が認められていないのは日本だけであり、そのこと自体が、刑事司法制度として異常なことのように見られる。…この点の抜本改革とともに、日本の刑事裁判における立証の在り方自体も変えていくことが必要である。(P220)

○「他人負罪型」のみの司法取引を導入する「日本版司法取引」は…あくまで、「他人の刑事事件」について…捜査・公判への協力を行うことの見返りに…不起訴・量刑の軽減等の有利な取扱いが行われる。そのため…他人を引き込むための虚偽供述…でないか否かを慎重に吟味されることになる…。結局、組織の下位者が個人的に司法取引に応じるのではなく、企業側が社内調査などで捜査に全面協力する場合でなければ司法取引は使えないということになる。(P254)

○西川氏が日産社内で…ナンバー2になった2013年以降、「ゴーン氏の独裁」と思われる状況は一層顕著になり、日産の役職員の側の不満も一層高まっていった。…結局のところ、「ゴーン会長追放クーデター」の動機は、社長CEOの西川氏など一部の幹部にとっては、日産における自らの地位を守ること、そして多くの経営幹部…会社を追われた元日産幹部…国内ディーラー経営者ら…様々なレベルからのゴーン氏に対する反発・反感・不満が、「会長追放」の動きにつながったものと考えられる。(P298)

○森本氏は、カルロス・ゴーン氏に対して「検察の常識」を超える捜査を行って、特捜検察の復活をアピールし、日本版司法取引も、存分に世に知らしめた。それは…「検察組織のための行動」としては「合理的」であったかもしれない。しかし…社会に対する正しい行動であったのかというと、それは全く別である。/ゴーン氏による日産という会社の「私物化」以上に、森本特捜部は、検察の権限を「私物化」したと言えるのではないだろうか。(P304)