とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

不自由な脳

 脳梗塞を患い、退院後、高次脳機能障害を抱えつつも精力的に執筆活動などを続けている鈴木大介氏と、臨床心理士の山口加代子氏との対談集。鈴木氏の経験というのはやはり個人的なもので、それがそのまま他の高次脳機能障害者の症状や経験に重なるわけではないが、なるほどと思えることも少なからずある。

 くも膜下出血で入院した妻は、リハビリテーション病院に転院した段階で、高次脳機能障害が起きていることを告げられた。その時に、障害として伝えられたのは、注意障害や左半側空間無視、記憶障害などだが、退院となってもそれらの障害のいくつかは完治せずに残っている。退院後、最初に入院・手術をした脳神経外科を受診し、また持病の糖尿病管理のための内科クリニックも受診したが、彼らはともに高次脳機能障害についての専門医ではない。現在、訪問リハビリと訪問看護は行っているが、それで十分なのかどうか、よくわからない。そこでひとまず本書を読んで、高次脳機能障害についての知識をもう少し深めようと思った。

 どうしても鈴木氏の個人的な経験に引き摺られるので、妻には該当しないことも多いのだが、臨床心理士の知見が重要だということはわかった。もっとも一般のリハビリ病院にはほとんど在籍していない状況も書かれていたし、リハビリスタッフや看護師を通じて、それらの知見を活用していくことの重要性も理解した。また、愛知県における支援拠点機関の存在も確認した。

 幸い、妻の病状は鈴木氏が語られたほどの非常に困った状態にはないし、急激に悪化する病気でもないので、焦ってもしょうがない。訪問看護などの機会を利用し、少しずつ妻の病状への対応もしていければと思う。臨床心理士の仕事といっても、なかなか通常の生活をしているだけでは知らずにいることが多い。本書のように、対談集という形での読みやすい本があることは本当に助かるなあと思った。

 

 

○【山口】脳の中にある情報に対するセンサーがうまく作動しないというか、拾いすぎてしまう。整理できない。それで…情報を自分の中に取り込みすぎてしまって…それの交通整理ができなくて、情報の洪水…だから本当に溺れるしかないっていう。(P47)

○【鈴木】高次脳機能障害には、もともと本人にあった特性が先鋭化する傾向があるように感じます。(P81)

○【鈴木】気持ちが落ち着かなくなくてザワザワとなったら、雲を観察するのがいい。…曇って視覚情報としてシンプルで、ゆっくりなんでしょうね。妻は若い頃…死にたくて死にたくてどうしようもない時に、死ぬのを我慢するために空を見たと言うんです(P134)

○【鈴木】高次脳機能障害は中途障害である自閉症です。…中途障害であることで、独特の不自由さがあります。それは中途障害の当事者には病前にやれていた記憶があるので、病前通りのことを当たり前にやろうとして玉砕してしまう。…その点では先天的な発達さんなどより、同じ障害で大きくつまずく傾向がある(P149)

○【山口】右脳損傷の方に「やはらと性急に行動してしまい、ゆっくり落ち着いて行うように依頼してもそのようにできない」という症状が臨床現場では良く見られ、pacingの障害と呼ばれている。…右脳損傷の結果として、注意の容量の低下など注意障害が生じやすいといった認知面の理解は少しずつなされてきている…。しかし…「焦り」「不安」といった感情面については…まだまだ理解が不十分であり、対応も不十分であるというのが現状だと思う。(P185)

脳損傷リハビリテーション現場に高次脳機能障害に対応する心理職が必要である…、現在、日本では脳の病気あるいは脳外傷で急性期病院に運ばれた後、回復期のリハビリテーション病院に転院することが一般的であるが、回復期のリハビリテーション病院における人員配置は…医師一人に対し理学療法士14.8人…臨床心理士0.2人であり…臨床心理士の関与の乏しさを浮き彫りにしている。(P191)