とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

私たちはどんな世界を生きているか

 筆者の西谷修という人を私はこれまで全く知らなかった。フランス思想の研究者。ネトウからすれば、かなり左寄りの学者ということになるだろうか。日本学術会議の名簿に掲載されたら、任命拒否にあうような。それでも「はじめに」で披露される現在の社会状況、世界観には強い説得感がある。なぜこういう世界になってしまったのか。現在はどういう状況にあると考えればいいのか。

 本書では、現在の世界は「西洋近代」の考え方がベースになっているとして、フランス革命から200年の西洋の歴史を追うとともに、日本については明治以降150年間の歴史を振り返る。そして今後の世界を考えようとするのだが…それはけっしてバラ色ではない。いや、苦境に立たされている。最終章の最後には「新自由主義的な社会経変が復古的な保守主義とマッチしたように、デジタルAI化は奴隷制(身分制社会)とマッチしますから、社会をそのように「進化」させてゆくことになります」(P267)という暗い予測すら書かれている。そうした状況にどう対応すればいいのか。その手掛かりは「自由というものを考え直すこと」(P248)だと筆者は言う。

 「自由」とは? それはけっして新自由主義のような底の抜けた、際限のない自由ではなく、他者との共存の中で、民主と自由と平等を守っていくこと。それは世界戦争後に「戦後レジーム」として構築されるはずだった。「ところがそのレジームは冷戦によって凍結され、冷戦後に解凍され…たけれども、すでにそこでは状況が変わっていた。それはアメリカの単独覇権です。」(P247)。他者の抹消という無制約の自由から始まったアメリカ的な自由から離れ、共存のための「自由というものを考え直そう」と言うのだ。

 そうした世界観とともに、第3章で展開される「朝鮮論」や第4章の「日本の歴史」観も興味深い。特に後者では、一世一元制が日本独自のナショナリズムを生んだこと、そして明治及び終戦直後の神道の扱いが今の「日本会議」に代表される国家観を形成し、現在の政治離れなどにもつながっていると指摘する。一方で、翻訳語の存在により植民地化から免れたことを高く評価もしている。

 アメリカの大統領選の決着がいよいよ付いたようだ。だがそれは同時に、アメリカ単独覇権からの転換を意味しているようでもある。世界が大きく変わろうとしている。だからこそ「今がどんな世界なのか」を知っておくことには意味がある。同時に「これからの世界をどう作っていくか」という命題が突き付けられてもいる。「何ができるか」ではなく「どう生きるか」が、「どういう世界になるか」につながる。世界は他者との共存の中に立ち上がってくるのだ。

 

 

新自由主義「改革」が進めば、公的な規制は解かれ、人びとの自由な活動の余地は広が…る。/ところがそういう傾向と、民権を国権で縛るという傾向とが、じつはシンクロする…。/要するに、新自由主義が社会を解体し、それを「私」の市場原理で再組織していくと、経済的な階層化を野放しすることになりますが、その階層化(格差)は、そこから生じる不満や軋轢を吸収ないしは逸らせるような政治秩序、国権強化を求めるような思考と結びつくわけです。(P40)

○南北統合が実現したら…サムスンのような韓国の大企業と、北朝鮮の労働力や資源によって、アジアの一流国になれる一方、…日本はアメリカにすがるだけのアジアの二流国になります。/中国のGDPはすでに2010年ごろに日本を超えて…中国に頼らなければやっていけない国になっている。…極東の並の国になる。それに対する隠れた不安というのが、韓国・朝鮮つまり半島別紙になって出ているのではないでしょうか。(P144)

○近代化の出発点のところで、実は日本は、逆のドライブを組み込んでいます。…一世一元制です。…端的に言えば、一世一元制というのは、社会的な時間を当代の王の現存に結びつける…ということです。…日本では、明治から大正へという改元が大きな転換だった…。そのとき、明治が終わった、という深い時代意識が生まれました。これが一世一元制の根本的な効果です。…それが否応なく、内向きのネーション意識を作ります。(P170)

○明治六年…の布告令…には、信教の自由はこれを認める…信仰は内面の事柄だからそれでよい、ただし、公の事柄に関しては、日本古来の習俗である神道をもって行う…神道…は習俗であって宗教ではないと。…占領軍はこの神社体制を…解体しようとした…けれども、神道勢力の方は、いち早く神社本庁という…私的宗教法人に衣替えし…宗教の一つだということで信教の自由の原則に逆に守られ…生き延びた。(P182)

○ときどき世界政府とか言う人たちもいますが、もしそうなったら、逆にとんでもない状況になるでしょう。世界規模の、外部のない全体主義体制になりますから。/そうではなくて、世界に歴史上形成されてきたいろいろな国々があり、民があり、いろいろな地域が組み合わさりながら、相互協調の中で、安定的な発展を保っていくというのが、やはり世界戦争後の世界にとっての基本的な要請だと思います。(P202)

○自由には本当は限界があるんです。…個人のレベルから国家のレベルまで、対他関係というものを何層にも組み込んだものが、「人間の自由」というものだと思います。…「他があって、自分がある」、それが個々の人間の存在の条件です。そういうことをベースに自由も考えないと、結局は全能感で、他者否定になる。それは自由ではなく妄想、つまり狂気です。自由というのは、他があってこそ、初めて意味を持つわけです。(P248)