とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

コロナ黙示録

 海堂尊はここ数年、いわゆる評伝小説を多く書いている。一昨年出版した「氷獄」は、久しぶりに「桜宮サーガの復活」と騒がれ、私自身もそれを楽しく読んだが、一方で、現政権等に対する批判に満ちていた。本作品も同様、ほぼ最初から最後まで、出版当時はまだ政権を維持していた安倍内閣への批判に満ちている。「安部」を「安保」、「菅」を「酸ヶ湯」、「和泉」首相補佐官は「泉田」、「今井」は「今川」と名前を変えているが、書かれているのは一昨年末から昨年5月まで、コロナ禍で繰り広げられた出来事そのままだ。北海道に先を越された緊急事態宣言や全校一斉休校、突然のマスク配布まで、ほぼそのまま描かれている。

 そして、「ダイヤモンド・プリンセス号」ならぬ「ダイヤモンド・ダスト号」での新型コロナ集団感染事件に対する厚労省の対応と、その無残な状況をSNS等で発信した一人の医師。現実に起こった事件ながら、この小説で主役級の役割を果たす二人の人物は、さすがに実名とは全く異なる名前に変えていた。本田審議官と名村教授。もちろん、わが田口医師も東城大学新型コロナ対策本部長として、ダイヤモンド・ダスト号での感染患者を受け入れ奔走する。この小説のクライマックスは、1台のEKMOに対して二人の重症患者が発生したというトリアージの場面だろうが、さすが田口医師は、いや海堂尊は別の逃げ道を用意している。

 これで終わるかと思ったら、終盤は検察庁定年延長問題と公文書捏造事件国家賠償請求の話題に移っていく。しかしこれらは現実にあったことを小説的に演色したもの。本書は新型コロナの緊急事態宣言も終了し、検察庁法改正案も廃案となった5月の時点で、藤原看護師の退職という形で幕を閉じる。同時に、政策集団梁山泊」も解散した。しかし現実は、作品内で予想されたように、安倍内閣は幕を閉じたが、続いて成立した菅内閣が同様のドタバタ劇を続けている。いったいこのドタバタはいつまで続くのか。現実を描写すればそれがそのままエンタメ小説になる。まさに事実は小説よりも奇なり。「現実以上のエンターテイメントは想像(創造)もできない」と海堂尊も言っているような気がする。

 

コロナ黙示録【電子特典付き】

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○公文書の改竄は歴史修正主義者の常套手段だ。/それを容認したら、過去の歴史の改竄を容認することになり、結果責任がなくなり、権力者はやりたい放題になってしまう。そしてそこに出現するのは、独裁国家だ(P48)

○使い放題で領収書もいらず後世の歴史の審判も受けない。そんな身勝手で無責任に使えるカネが、民主国家の税金から拠出されている…この二年、安保政権がやったことは政治活動、官僚活動の官房機密費化です。そのせいでなんでもありの民主主義破壊政権が出現しました。そんな政権なら…感染者を見て見ぬふりするなんて朝飯前です。五輪が終わるまで安保政権は、日本にはほとんど感染者はいない、と言い張り続けるでしょう(P82)

収賄は志の低い政治家のありきたりの犯罪で…所詮は卑しい一政治家の個人的犯罪にすぎない。…その愚劣な政治家…の最大の罪は、その発言を正当化するため官僚が公文書を捏造したことだ。…これは民主国家の根幹を揺るがす、とんでもない不祥事だ。この時点でこの問題は、単なる一政治家の汚職から、民主国家の根幹を瓦解させてしまうような、青史に残る大罪となった。(P294)

○安保政権は、国家官僚が自己保身に汲々とし、大義を捨てた時に生まれたペスト(害虫)です。無責任宰相に依存した害虫官僚は、日本という青々とした大樹を根腐れさせ、腐った蟻塚にしてしまいました。その栄養源は市民の無関心です。…安保首相は巨悪ではなく、ちんちくりんな小人物にすぎ…ない。絶望的なくらい猥雑で矮小な害虫集団が、自分の周りを最適化することだけに全力を傾注した結果、出現した暗黒世界です。(P352)