とんま天狗は雲の上

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フットボールクラブ哲学図鑑

 先に読んだ「フットボール批評issue31」に対して、「コンセプト」という言葉の意味が不明確だと批判したが、本書では「哲学」。正直、その言葉に惹かれて読み始めたが、まえがきの6行目で「書き始めてみると哲学というよりDNA(遺伝子)という方がしっくりくる」(P2)で書かれている。早々にタイトルを否定するのもなんだ?とは思うが、DNAと言われても結局、「それって何?」と問いたい。サッカー界はこうした小難しい言葉を安易に使い過ぎているのではないか。

 「哲学図鑑」というタイトルだが、要はヨーロッパの20のサッカークラブの歴史と特徴を紹介するもの。4~5ページ毎に、書かれた内容をかいつまんで要約するイラスト入りのコラムが付いており、さらにページの端には「Philosophy」と見出しのついた「用語解説」が添えられる。例えば、「【新しいバルサ】ベップは「偽9番」「偽SB」などさまざまな新手を繰り出した」(P69)のように。「Philosophy」って用語解説という意味だっけ?

 また、本の体裁はまるで中高生が使う学習参考書のよう。もっとも内容はさすがに西部健司だけあって、けっこうトリビアで興味深い。各クラブの歴史的な知識だけでなく、戦術的な解説もあって、けっこう的確。だが、図鑑だけあって、それほど深くはない。「哲学」なのかなあ。単なる「フットボールクラブ図鑑」ではないけど、「哲学」かと言うと何か違う。そうだ、「フットボールクラブ・トリビア図鑑」でいいんじゃないか。そういう感じの本。内容はけっこう面白い。読みやすく、わかりやすい。

 

フットボールクラブ哲学図鑑

フットボールクラブ哲学図鑑

 

 

○ポゼッションはバルサほどではなく堅守でアトレティコに劣り、カウンターではリヴァプールが上かもしれず、ハイプレスの威力も世界一とはいえないだろう。しかし、それぞれの分野で世界二番目くらいの実力がある。…強力なチームほどプレースタイルを尖鋭化させている。その分、不得意な戦い方もあるわけで、全方位型のレアルは相手が負けやすい流れに持っていくことができる。だから一発勝負に強い。(P14)

ベッケンバウアーは…U-14の大会に参加し、決勝で1860と対戦した。当時、ベッケンバウアーは1860の大ファンで…1860のユースチームに加入するつもりだった。/ところが、決勝で…小競り合いが発生し…相手選手に平手打ちを食らってしまうのだ。この出来事がよほど我慢ならなかったようで、ベッケンバウアーは1860ではなく、バイエルンに行くことにした。この…出来事さえなければ、1860とバイエルンの歴史は違っていただろう。(P44)

マラドーナはいつもボロ雑巾のようだった。ボロボロになりながら凡庸なチームをほぼ独力で引っ張り上げる。1986年のアルゼンチン代表とナポリも、勝てた理由はマラドーナしかない。ただ、自ら「反逆児」と自覚しており、イタリア北部の人々から差別されてきたナポリ人の先頭に立って闘うのは性に合っていた。マラドーナナポリの哲学的相性は抜群だったといえる。(P119)

○1900年頃…ドルトムント北部の教会で世話人をしていた人物がなぜかフットボールが嫌いで…いろいろと嫌がらせをしていた。これに反発した若者たちが独立したクラブを立ち上げたのがBVBの始まりだったそうだ。…「反骨心」がキーワードのようだ。…もしかしたらドイツ全般の共通項としてあるのかもしれない。教会という権威に対して、あるいは自分たちのエネルギーや情熱を縛ろうとする社会に対しての反骨・反発だ。(P203)

○リーグ側からウルブス戦後の試合延期を提案されたが、ユナイテッドの方で拒否している。チャンピオンズカップの方も…丁重に断った。事故直後から、とにかく何としても自力で乗り切ると決めていた。…そして、ユナイテッドはクラブのアイデンティティをこの時に確立した。…ミュンヘンの悲劇からの不死鳥のような復活劇は、クラブとサポーターにある種の選民意識を宿らせた。選ばれし者、試練を与えられた者。…宿命づけられた存在。(P235)