とんま天狗は雲の上

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WHAT IS LIFE?

 著者のポール・ナースは細胞周期研究で2001年にノーベル賞を受賞した遺伝学・細胞生物学者。「生命とは何か」というテーマに対して、「細胞」「遺伝子」「自然淘汰による進化」「科学としての生命」「情報としての生命」の5つのステップに沿って、順次、説明していく。竹内薫の訳のせいか、非常に簡単な言葉遣いで記述され、特に序盤は、中学・高校の生物学のレベルの説明が続く。しかし内容は文章に対して非常に高度。最終章「生命とは何か?」で、筆者による生命の定義(「進化する能力」「境界を持つ物理的存在」「科学的・物理的・情報的」)が語られるが、この定義にも即して、「細胞」から語られる各ステップはよく練られており、わかりやすい。

 もっとも「生命とは何か?」というタイトルに、私はもっと哲学的な内容を期待していた。そうではなく生物学的な見地から生命、というより「生命体」と説明するもの。それはそれで興味深いが、「生きるとはどういうことか、どういう意味があるのか」という問いに対して、「それは細胞活動の結果です」と言われると、確かにそのとおりだけど、肩透かしを食らった気分になる。いや、筆者が悪い訳ではない。とてもよく説明された、好著だ。勝手な期待をもって読み始めた私が悪い。いや、勝手な期待に反して、思わぬ好著に巡り合えたことを喜ぶべきか。たぶん半分も理解できてはいないが、わかりやすく面白い好著だった。

 ちなみに、P110の引用は、昨年の学術会議問題を想起させ、興味深い。そんな政治家も同じ生命の原理に従って生きているのだ。生命とはいったい何だろう?

 

 

○18世紀のフランス貴族で科学者のアントワーズ・ラヴォアジエ…(は)フランス革命中の1794年5月に…断頭台の露と消えた。その政治的な吊し上げ裁判で…裁判官は、こう宣言した。「共和国には学者も科学者も必要ない」。/われわれ科学者は政治家によくよく気をつけねばならない! 残念ながら政治家、特に大衆に迎合しがちな政治家は、裏付けに乏しい自分の見解に専門知識が真っ向から対立する場合、「専門家」をないがしろにする傾向がある。(P110)

○酸素は、生命に絶対欠くことができないDNAなどの…化学物質を傷つけることもある。…微生物たちは…何千年もかけて増殖し、大気中の酸素の量が急上昇するまでになった。その後、20億年から24億年前に起きた出来事は「酸素の大惨事」と呼ばれている。…生き物…のほとんどが酸素の出現によって全滅してしまった…生き残った少数の生命体は…海底や地下深部などに退いたか、新しい化学的性質に適応して…必要な進化を遂げたかのどちらかだったろう。(P134)

ミトコンドリアの中で…陽子は、幅がたった1万分の1ミリメートルしかない経路を通って、分子のタービンを駆け抜け、分子スケールのミニローターを回転させ…ATPと呼ばれる分子を作り出す。…ATPは生命という宇宙のエネルギー源だ。それぞれのATP分子はエネルギーを蓄え…必要なとき、細胞はATPの高エネルギー結合を切断し、…そのときエネルギーが放出され…る。(P138)

○生きているシステムは…理にかなうよう設計された制御回路よりも、非効率かつ非合理的に構築されていることが多い。…シドニー・ブレナーが指摘したように「数学は完璧を目指す学問。物理学は最適を目指す学問。生物学は、進化があるため、満足できる答えを目指す学問だ」。/自然淘汰を生き残る生命体は「なんとかやっていかれる」から存続するのであって、必ずしも、最大効率、あるいは最短のやり方をするわけじゃない。(P188)

○私が生命の定義に使う最初の原理が、この自然淘汰を通じて進化する能力だ。進化するために、生き物は「生殖」し、「遺伝システム」を備え、その緯線システムが「変動」する必要がある。…二つ目の原理は、生命体が「境界」を持つ、物理的な存在であるもの。…三つ目の原理は「生き物は化学的、物理的、情報的な機械である」ということ。…この三つの原理が合わさって初めて生命は定義される。この三つすべてに従って機能する存在は、生きていると見なすことができる。(P232)