とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

医学のひよこ

 「医学のつばさ」の前編。「医学のたまご」の続編。でも「医学のたまご」ってどんな話だったっけ。主人公の曾根崎薫くんが曽根崎伸一郎と山咲理恵の(生物学的)息子だということは覚えているけど、論文捏造事件ってどんなことがあったんだっけ? またそのうち読み返してみよう。

 で、「医学のつばさ」を先に読んでいたので、基本的なことはわかっている。でも結局、新種生命体「いのち」くんはどうなったんだっけ? 一番、肝心なことを忘れている。ま、こちらもそのうち読み返してみよう。後半を先に読んだといっても、前編も十分楽しく読むことができる。十分たくさん驚くようなことが詰まっている。後半の方が爆破力は強いかもしれないけど。

 でも、どうして海堂尊はこの2本の作品を、一つの作品の前後編にしなかったんだろう? 本書の最後には次のように書かれている。

○さて、この物語はここで、唐突に終わる。…世の中の大概のことは、こんな風に決着がつかないまま終わったりするものだ。/でもひとつの物語の終わりは、新たな物語の始まりでもある。/だからこそ、この物語はここできっぱり終わりにするのが正しい、のかもしれない。…そう、この世の中のことには、正解なんてないのだから。/夜明け前が一番暗い。でも、明けない夜はない。/やがてぼくは闇の底で、一筋の光明を見つけることになるだろう。/だけど、それはどん底に落ちたからこそ、見えてきた風景だった。(P220)

 終わる必然性はあったのだろうか? でも本作の初出、「医学のひよこ」は「小説 野生時代」の2020年4月号から10月号で連載し、後編の「医学のつばさ」は同誌の11月号から始まっている。一つの作品にしてしまうと、中高生には長過ぎると思ったんだろうか。でも読み終わるとすぐに続きが読みたくなる。いや続編の「医学のつばさ」はもう読んだんだったっけ。「いのち」くんはどうなったんだっけ? まだ3ヶ月も経たないのに、もう忘れている。やはり1冊にしてほしかったな。

 

 

○幸福な人は微睡み、不幸な人は覚醒する。…その時、ぼくは「平凡」な毎日と別れを告げ、「特別」な日々が始まった。/それを「不幸」だと思った時もあったけど、今はそうは思わない。…「特別」であり続けることは滅多にない「幸福」なのかもしれない。…幸福な人は平凡になり、不幸な人は特別になる。…そんな「幸福と不幸」が入り乱れた、ぼくの波瀾万丈の日々は中学3年の春に始まった。(P8)

○その時ぼくはパパから、責任を取るべきだと言われて、自分なりに責任を取った(と思う)。/その時にこの世の中、何が起こっても、ちゃんとやっていれば必ず見てくれている人がいるということも知った。/でも一度起こってしまったことは、なかったことにはならない。(P49)

○これからは総力戦になるだろう。お前たちが持つ武器、共に戦う仲間の力を結集しなければ、とうてい勝ち目はない。…これは戦争で、敵は『組織』だ。…『組織』が一番大切だと思っている連中の総体が『組織』の実体だ。(P217)