とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

クソったれ資本主義が倒れたあとの、もう一つの世界☆

 筆者のヤニス・バルファキスギリシャの経済学者にして、現役の国会議員だ。2015年のギリシャ経済危機の際には、財務大臣としてEUと折衝した。これまでも経済書を何冊か執筆しているが、本書は経済学を題材にしたSF小説。いや、SFの形を借りた経済書なのか。いずれにせよ面白い。

 2008年のリーマンショックの際に、大手銀行を救済してしまった。あの時、別の選択をしていれば・・・。本書で描くもう一つの世界では、商業銀行を潰し、唯一残った中央銀行が国民に「パーソナル・キャピタル」と称する口座を提供する。そこには、基本給やボーナスが振り込まれる「積立」、生まれると同時に一定の金額が振り込まれる「相続」、毎月一定額が振り込まれる「配当」の3つの口座がある。また企業には1人1株1票制度が導入され、従業員が会社を運営する。「コーポ・サンディカリズム」と言うようだが、そこでは多くの市民が平等で快適に暮らしている。

 天才エンジニアのコスタが開発したHALPEVAMをテストする際に、ワームホールが開き、このもうひとつの世界とつながってしまった。そこに友人の左翼活動家やリバタリアンの経済学者が集まり、このもう一つの世界について吟味する。だが、次第にワームホールが不安定になってくる。ワームホールを閉じてHALPEVAMを破壊する前に、それぞれどちらかの世界を選ぶことになった。みんながもう一つの世界を選択するかと思うが、そうはならず、左翼活動家のアイリスは、現在のクソったれ資本主義の世界を選ぶ。なぜなら、もう一つの世界でも「市場」は残り、「絶対善」が実現されるわけではなかったから。彼女は生粋の反抗者だったのだ。

 とは言っても、それはけっして、クソったれ資本主義を評価するものでも、もう一つの世界を否定するものでもない。SF小説としてそういう結末にしただけであって、やはりもう一つの世界の方が断然優れている。「2008年に違う選択をしていれば」という声に対して、現在の世界を選んだアイリスが言う。「歴史に分岐点があるという仮説は…都合のいいまやかしよ…。その分岐点は私たちの毎日の生活のなかにある。毎日毎日、私たちは歴史の流れを変える機会を活かし損なっている」。そう僕らは、正しい世界、より望ましい世界を築く可能性とチャンスを常に持っているのだ。諦めず、希望と勇気を持って、できることをしよう。そうバルファキスは言っている。僕らはきっとSFとしてではなく、経済論としてこの本を読むべきだろう。クソったれ資本主義を倒そうぜ!

 

 

○資本主義は私たちのなかに欲望をつくり出す。…たとえ資本主義が…すべての…欲望をなにもかも満たし…たとしても、それはただ、私たちが本当の自由を手に入れる可能性を破壊してしまうだけだ。…私たちが「人間」から「消費者」に変わった時に味わう満足が、いかに空疎で喜びのないものか…資本主義が約束する永続的な至福の状態とは実のところ、一種の煉獄にすぎない。(P55)

○資本主義の前には、政治権力と経済力は同じ人物が握っていた。…そこへ資本主義が登場し…商人が誕生した。彼らは経済力を誇ったが政治的な影響力はない、社会的な地位も低かった。こうして史上初めて、政治権力と経済力が分離したのである。…その意味において、1人1株1票はまさに革命的だった。政治領域と経済領域の再統合に向けた大きな一歩だったからだ。(P86)

○商業ゾーンの建物を占有する者は…自分が占有する建物のリストの横に、それぞれが考える市場評価額を入力しなければならない。すると、自己申告した評価額か…PASSが月額の家賃を弾き出す。精査はなし。…現在の占有者よりも高い年間家賃を提示した者は、新たにその建物を占有できる。…この常設オークションのおかげで、占有者は公正を心がける。…高く設定しすぎれば、高い家賃…低く設定しすぎれば、立ち退きの憂き目に遭う。(P210)

○資本主義が終焉しても、社会が市場を特別扱いする限り…抜け目ない詐欺師のカモにされる。…自由市場には資本主義の完全な終焉が必要かもしれないが、実のところ、自由市場が解決策ではない…。資本主義であろうとなかろうと、市場は、家父長制と圧制的な権力が生き延びる生息環境をつくり出す。…アイリスの夢は「市場の自由」ではなく、「市場からの自由」だったのだ。(P270)

○「歴史に分岐点があるという仮説は…都合のいいまやかしよ…。2008年に危機が起きて、その時の教訓を生かせず無駄にしてしまったことが、2020年のあとに、偏狭な差別主義者と金融業者が幅を利かせる道を開いた。でも実のところ、その分岐点は私たちの毎日の生活のなかにある。毎日毎日、私たちは歴史の流れを変える機会を活かし損なっている。(P303)