とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

クララとお日さま☆

 カズオ・イシグロの最新作をようやく読むことができた。

 前作の「忘れられた巨人」はファンタジー。そして今度はSF。「わたしを離さないで」を思い出す。「わたしを離さないで」は人間の代替となるクローンとして育てられた少年・少女たちを描いた。一方、本作品の主人公・クララはアンドロイド。子供たちの相手をするべく作られた。

 この時代、子供たちの多くは成長の過程で遺伝子編集を行う向上措置を受ける。クララの相手となるジェジーの姉、サリーは恐らくこの措置が原因で命を失い、ジョジーもまた、向上措置が原因で病気がちな生活を送る。一方、ジェジーが将来を約束した幼馴染のリックは向上措置を受けず、しかし母親の意向を受け、大学に進学すべきか迷っている。

 ジェジーの母親は、万一の時にはクララをジェジーの身代わりにすべく、画策。そのことをクララも同意するが、同時に、ジェジーの病気が治るよう、お日さまに願をかけた。汚染をまき散らす機械の破壊を約束する代わりに、ジェジーを元気してくれるように、と。だが、自分の身体を傷付けてまで破壊したはずの機械は1台ではなかった。そして弱っていくジェジー

 人間の遺伝子操作も可能になった時代、人間に唯一の個性はあるのか。心は存在するのか。人間とは何か。科学はどこまで人間を明らかにできるのか。だが、アンドロイドのクララこそが、もっとも清い心と厚い信仰心を持っているように見える。心とは何か。ジェジーとリックが巣立った後、用済みとなったクララは倉庫にポツンと置かれ、記憶の中で時間を過ごす。それでもお日さまへの信頼は揺るぐことはない。クララこそ人々の心を温めるお日さまであるようだ。

 

 

○「お日さまが汚染をとても嫌い、汚染にどれほど悲しみ、怒っておられるか、わたしは知っています。そして、汚染を生みだす機械もこの目で見て、知っています。もし、わたしが何とかしてこの機会を見つけだし、壊すことができたら、汚染を終わらせることができたら、お日さまはジョジーに特別な助けを与えてくださいますか」…休息所に向かうお日さまが、わたしにやさしくほほ笑みかけてくれているのがわかります。(P239)

○君は人の心というものがあると思うか。…詩的な意味での『人の心』だ。…人間一人一人を特別な個人にしている何かがあると思うか。仮にだ、仮にあるとしたら、ジョジーを正しく学習するためには、単に行動の癖のような表面的なことだけじゃなくて、ジョジーの奥深い内部にある何かも学ばないといけないだろう。ジョジーの心を学ぶ必要があると思わないか。(P311)

○現代の科学を使えば、なんでも取りだし、コピーし、転写できる。…カパルティの見方はそうだ。わたしの中にも、やつの言い分が正しいのではないかと恐れている部分がある。だが、クリシーは違う。…なんと言うか、旧式な人間すぎるんだ。自分が科学に楯突き、数学に反対しているとわかっていても、受け入れられないものは受け入れられない。一方、わたしは違う。…連中がやることをやり、言うことを言うと、そのたびに、この世でいちばん大切にしているものが自分の中から奪われていく気がする。(P320)

○ジョジーとぼくが心から愛し合ってると言い、むこうにもそう伝えてもらったのは、それがあのときの真実だったからだ。…でもぼくらはもう子供じゃない。どちらも相手に最善を願いながら、別々の道を行くしかない。…ジョジーとぼくは、これから世の中に出て互いに会えなくなったとしても、あるレベルでは―深いレベルでは―つねに一緒ということさ。(P411)

○カパルディさんは、継続できないような特別なものはジョジーの中にないと考えていました。探しに探したが、そういうものは見つからなかった―そう母親は言いました。でも、カパルディさんは探す場所を間違ったのだと思います。特別な何かはあります。ただ、それはジョジーの中ではなく、ジョジー愛する人々の中にありました。(P431)