とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

炎上するバカ させるバカ

 1年ほど前に「恥ずかしい人たち」を読んで、もう中川淳一郎を読むのは止めようかと思ったのだが、「負のネット言論史」という副題に釣られて、また読んでしまった。ネットが登場して以来、特にツイッターが一般に普及して以降の炎上の歴史を振り返る。コンビニのアイスケースに寝転んでみたり、号泣謝罪した県会議員がいたりと、まあ確かに、ネットが登場して以来、炎上騒動は果てしなく続いている。

 結局ネットは人類の下品な部分を剝き出しにしただけで、理想的な社会を作り出すとして「ウェブ2.0」は完全に瓦解した、と書く。確かにそう言いたくなる気持ちはわかる。だが「ウェブ2.0」について言えば、何も梅田望夫らはウェブが人間を品行方正にするといったわけではないし、メタバースの登場など、ITの進化は社会の様相を大きく変えつつある。

 変わらないのは、人間だ。そしてIT化の進展により、かつて以上に人間への影響力は大きくなっている。そうしたネット圧力に対するリテラシーと対抗力を高めなければいけない。筆者が書くように、当事者性を持つことは重要だろう。だが、そうできない者も多い。つまりバカ。仕方ないのではないか。

 終章で、コロナ禍を批判し、岩田健太郎氏にツイッターでコメントを寄せたところ、ブロックされた顛末が書かれている。いや、中川さん、あなたこそ当事者性を身につけたほうがいいのではないですか。でも中川氏の場合、ネットで炎上するバカ、炎上をたきつけるバカたちに対する当事者性は十分、身につけているようだ。だからこんな本が書ける。そして私は、そんな当事者性を身につけるべく、本書を読んで楽しんでいる。バカはどこにでもいる。私の中にも、そしてあなたの中にも。

 

 

○多分、ネットの炎上は人類に良い影響はもたらさないだろう。不満を持った者にとってある程度のガス抜きになるくらいだ。だからこそ、炎上や罵倒の数を少なくするためにも様々な当事者性を持つことを勧めたい。…人と接し、そのうえで、その人にシンパシーを覚えれば良いのだ。…多くの人と会うことは人生を豊かにしてくれ、自らをより「深い」考えができる人間に育ててくれるのである。(P141)

○2000年代中盤に喧伝された「ウェブ2.0」という概念は、完全に瓦解した。ネットは単に、人間の欲望をお手軽に満たすだけの存在だったのである。/結局人間はカネが大好きなのだ。そうしたカネが大好きな人間の一部がよりお手軽にカネを稼げるようにし、大多数の人間からカネをむしり取ることができるようになったのがインターネットというシステムなのだ(P183)

○2011年と2020~21年、約10年の時を経ても結局ネット上でもリアルでも差別をし続ける状態が続いている。…被災地の住民男性は…淡々とこう語った。/「コロナも震災も似たようなものです。…もう自分でどうこうできるものではないんですよ。それなのに恐怖を煽ったり、当事者を批判するばかり。コロナの場合…『3密を避ける』ぐらいしかできることはない。…地震の時も『逃げる』…ぐらいしかやることはない。誰かのせいにしても仕方がないんです」(P241)