とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

文章を書く人間になる。

 私が中高生くらいの頃、母が私のことを占ってもらい、「将来、文章を書く人間になる」と言われたという話を聞いたことがある。
 「旅行のお土産に何がいい?」と聞かれて「本!」と答えるほど、小さい頃から読書好きではあった。しかし作文はすごく苦手で、盗作まがいの文章でごまかしたことが今も苦い思い出として心に残っている。一時は文学部を受験しようかと考えたこともあったが、あまりに英語の点数が低くあきらめた。わが家に教科書以外の本はほとんどなく、高校生の時には「本が身の回りにある環境で成長してきた人間とは、学力・能力に大きな差がある」と実感したこともある。
 それで母の占いのことなど本気にはしなかったが、それでも今も覚えているのは、そういう人間になりたいと思っていたからだろう。
 今でも仕事で文章を書く必要があるときなど、うまい言葉や表現が見つけられず、うんうん唸ることがある。もっとも今は隣に文章の達人がいるので、彼に任せているが。それで、少しでも作文がうまくなりたいと思ったのが、ブログを始めた理由の一つでもある。でも一向に上達しない。たぶん作文の能力も天性のものがあって、才能のない人間にはけっして届かない能力なのだろう。少なくともある日突然、村上春樹になっているというようなことは訪れそうにもない。ある日突然、郷ひろみになることがなかったように。
 それで「あの占いは何だったんだろう」と思ってふと気付いた。そうか、あの占い師はこうやっていつまでも飽きずに下手なブログを書き続けていることを予見したのではなかったか。そう言えば「文章を書く人間」とは言っても、「文章で身を立てる」とは言わなかった。なるほどうまく表現したものだ。その言葉に踊らされ、無駄な努力を続けてきてしまった。今後いくらブログを書き続けても、「文章を書き続ける」ばかりで文章がうまくなることは永遠にやってこないのかもしれない。
 それでも文章を書くことは、視座を変えて状況を見直す機会になるし、すぐ忘れてしまう天然ボケの私にとっての備忘録になっているし、ヒマな時の時間つぶしになっている。ブログを書いている間はみんなに迷惑をかけることもない(ブログの内容が迷惑を惹き起こしたことならあるが)。ここは占い師の言葉を受け入れて、いましばらく「文章を書く人間」を続けようかと思う。まったく占い師の思うツボだな。