とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

注文の多い注文書

 「クラフト・エヴィング商會」というユニットがあることを知らなかった。吉田浩美・篤弘の夫婦による創作ユニット。装丁デザインの他、著作もたくさんある。本書をきっかけにクラフト・エヴィング商會の作品をいくつか楽しんでいきたいと思う。まずはfacebookの「クラフト・エヴィング商會同盟」フォロー登録した。
 本書で取り上げられる注文は全部で5品。「人体欠視症治療薬」「バナナフィッシュの耳石」「貧乏な叔母さん」「肺に咲く睡蓮」そして「冥途の落丁」。いずれも著名な小説家の作品から取られた注文だ。残念ながらいずれも「ああ、あの作品!」と思い出せない。村上春樹の「貧乏な叔母さん」さえ記憶にない。それでもこうして読んでみるといずれも魅力ある作品だと思う。さすが小川洋子
 そして、小川洋子の注文書に対するクラフト・エヴィング商會の納品書がこれまた見事。巻末の対談で、「この本をつくり始めてから、早いもので9年が経ちました。」と話している。初出が「WEBちくま」の2006年10月6日で、そこで3作品が掲載された後、「貧乏な叔母さん」と「冥途の落丁」は書き下ろしとある。しかし2006年から数えてもまだ7年と少し。9年という月日はいつから数えたものだろうか。「貧乏な叔母さん」と「冥途の落丁」はいつ注文されたのだろうか。
 「貧乏な叔母さん」では時間差郵便という離れ業で名残りの制服ボタンが納品される。「冥途の落丁」の納品書の最後に添えられた「しかし、お客さま―もしかしてこの話、御存じだったのではありませんか」の一文は、クラフト・エヴィング商會から小川洋子への私信ではないか。そんなやりとりも面白い。3人が9年間、心に楽しんでいる様子が窺われる。
 クラフト・エヴィング商會の作品をいくつか購入予約し、図書館で予約をした。どんな作品だろうか。今からワクワクしている。

注文の多い注文書 (単行本)

注文の多い注文書 (単行本)

●「どんなものでも、お取り寄せしますよ」と、こちらもまぼろしではありません。「本当にどんなものでもあるんですか」と訊ねると、「もちろん」「ないものでもありますよ」と二人は声を揃えて答えました(P6)
●申し上げにくいことですが、われわれはじつのところ、ほとんど誰もが「欠視症」なのです。川端康成氏が『たんぽぽ』で取り上げたのは。「欠視症」の中でも最も特異な「人体」が見えなくなる症例でした。しかし、この病は「人体」のみならず様々なものにあらわれます。(P38)
●世の中は、私などが思っているよりずっと広いのです。一生かかっても決して足を踏み込めない、遠くの方にもやっぱり世の中はあって、自分と同じ人間が、指圧をしたり膀胱に溜まった藻を眺めたりしながら暮らしているのです。治療院でいろいろな方々と接してきた結果、私の得た最も興味深い教訓がこれです。つまり、世の中は広いという……(P130)
●故人の遺した研究ノートによれば、「じつは、ボリス・ヴィアン自身もこの奇病を胸に秘めて死んでいったのではないか」とありました。もしかすると、作家もイギリス人も、そして弟子丸氏もまた、皆一様に自らの死をもって、その体の中にひっそりと知られざる標本をつくろうとしていたのかもしれません。(P152)
●もしかして、物語って時間のことじゃないかなって思うんです。依頼人は「こういうものが欲しい」と探しているわけですが、どうしてそれが必要なのかと訊いてみると、驚くくらいいろんな理由が返ってくる。そのうち、「そうか、そういうことだったんだ」と御自分で納得したりして。そうしたやりとりに時間をかければかけるほど、依頼人の中で物語が進行するんです。(P199)