とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

ある人の人生

 先日、ある人から話を聞いた。その人は今でこそ街場の鍼灸院を開設し、裕福な生活を送っているが、今に至るまでの人生について。
 その人の父親は、姉が国会議員の秘書を務め、後に県会議員になった人に嫁いでいた。その伝手で父親は、昭和30年代に海外渡航のビザを手に入れ、イタリアやフランスへ頻繁に渡欧し、街角の女性の服装の写真を撮影するなどして最新のファッション情報を入手。それを日本に持ち帰って縫製業者等に指示して販売し、かなりの収入を得ていたと言う。
 その後、アメリカへも渡米して、そこで繁盛していたドラッグストアのシステムを研究。これからはドラッグストアが当たると踏んで、二人の息子に薬学部へ進学するよう指示。資産家の老人から出資金を引き出し、父親も4割を出資し、ドラッグストア設立の準備を進めていたそうだ。
 だが、その人が二十歳の頃、父親が突然、心筋梗塞で急死。その人曰く、「飛行機の乗り過ぎだ」。エコノミック症候群よろしく、血栓が心臓近辺の欠陥を塞いだのだろうか。突然の死に出資者の老人は急きょ資本を撤収。まだ学生の息子たちや母親には相応の出資金の返還をして事業を撤退したのだという。
 その後、薬学部を卒業し、薬剤師になったその人は病院の薬局に勤務するも、医師の指示に従うだけの将来に希望を持てず、20代後半で鍼灸師の道に進むことを決意。しばらく修行の日々を送った後、大阪で独立し、一時は年収数千万を稼ぐほどにもなった。だが、暴力団との関係や弟子の勝手なふるまいなどから他人を使っての鍼灸院の営業に嫌気が指し、大阪の鍼灸院を撤収。出身地近くに戻って個人営業の鍼灸院を開業し、その後、現在の地へ移って自宅兼治療院を開設し、今に至っている。
 最近は予約制で患者数を絞っており、たぶん年収は1千万円程度ではないかと想像するが、自分が倒れれば終わりの自営業者にとっては、将来を考えるとけっして余裕があるわけではないのかもしれない。身体も次第にしんどくなり、昔のようなストレスのある生活には戻れないと笑う。
 そしてふと思う。父親が急死していなかったら、どうなっていただろうか。今頃は、大手ドラッグチェーンの経営者として奔走していたのかもしれない。嘘か本当か知らないが、父親が渡米した際に、マクドナルド・チェーンの日本での経営をしないかという話もあったというから、ひょっとしたら日本を代表するチェーン店のオーナーとして、日本の経済界をリードする存在になっていたかもしれない。
 そんな夢は誰も見るだろうか。私も両親が小規模な自営業者だったから、ひょっとしてそれを継いでいたら、今は違う人生を歩んでいたかもしれない。でも結局、私は母親が望んだとおり、無難なサラリーマンとなり、妻と娘一人、つましくも楽しい毎日を送っている。仕事はけっこう大変だけど、自分の実力と見合った内容だと納得してもいる。
 その人も今は自分の運命と決断を受け入れ、満足した日々を送っているように思う。いや、私相手にこんな話をしたのは、若干でも心の中にあった悔いを流すためだろうか。あの時、あんなことがなければ、あれをしていれば、ああなっていれば・・・。人は過去を振り返り、いくつかのターニングポイントを思うけれど、結局のところ、その時の運命、その時の決断が今の自分を作っている。それを受け入れるしかない。
 先日読んだ「イエス・キリストは実在したのか?」も、ユダヤ戦争がなければキリスト教は誕生しなかったことを示していた。人間の歴史はこうしていくつもの偶然の産物として作られる。そう考えると面白い。いや哀しい。切ない。人生ってなんだろう。歴史ってなんだろう、と思ってしまう。