とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

都市と都市

 タイトルに惹かれて購入した。ベジェルとウル・コーマ。同じ土地に同居する二つの都市を舞台に起きた殺人事件を追う警察ミステリーだ。
 「同じ都市に同居する」と書いたが、ベルリンやパレスチナのように同居するのではない。二つの都市が全く混在しているのだ。混在しつつも二つの都市は全く混じり合わない。ベジェル領とウル・コーマ領が明確に分かれ、両国の国民は相手の土地に入ることができない。だが、間に塀や壁があるわけではない。訓練の結果、心理的に<見ない>のだ。
 <クロスハッチ>地区と呼ばれる両国が共通に領地とする土地もある。しかし<クロスハッチ>地区でも、ベジェル人はウル・コーマ人が見えないし、建物も見えない。いや<見ない>ことになっている。それを見張り秩序を作っている組織が<ブリーチ>だ。両国間を非合法に移動する行為は<ブリーチ>行為と呼ばれ、謎の権力組織<ブリーチ>が出現して行為者を処罰する。
 両国間の移動は、コピュラ・ホールと呼ばれる施設内の国境検問所を通り過ぎる。ベジェルで発見された若い女性の死体は、ウル・コーマで行われた殺人が合法的に国境検問所を通過して持ち込まれた。ベジェルの警察官ボルルがこの事件を追って、ウル・コーマに移動し、ついに犯人を追いつめ、<ブリーチ>行為を犯し射殺する。そしてボルルは<ブリーチ>の一員となる。
 考古学や伝承都市オルツィニーに翻弄されつつ、次第に解かれていく謎。そして最後まで陰の犯人が二転三転する展開。警察ミステリーらしい銃撃場面などミステリーとしての読みどころも満載だが、何より都市の設定が面白い。
 現実にはありえないが、人間心理としてありえるように思わせる筆力もさすがだ。アラブや北アフリカなどの都市に迷い込むとこんな感覚になるのではなかろうか。ちなみにベジェルとウル・コーマはバルカン半島あたりの東欧に存するという設定だ。そしてアメリカ企業が黒幕で控え、カナダの大学が発掘調査をしている。あたかも現実のようなこうした設定も面白い。

都市と都市 (ハヤカワ文庫SF)

都市と都市 (ハヤカワ文庫SF)

●ベジェルのこの界隈はあまり住人がいないが、国境を越えた<あちら側>ではそうでもないので、大勢いる若くてスマートなビジネスマンやビジネスウーマンを<見ない>ようにしなければならない。彼らの声は私には小さく聞こえ、でたらめな雑音のようだ。こうした消音効果は、ベジェル人の長年の配慮によって生じてきたものだ。(P77)
●「オルツィニーは第三の都市だ。ほかの二都市のあいだにある。論議されている領域で、ベジェルがウル・コーマだと考え、ウル・コーマがベジェルだと考えている<紛争地区>にある。古い共同体が分裂して、二つじゃなくて三つになった。オルツィニーは秘密の都市だ。そこで人々が生きている。」(P86)
●<ブリーチ>の権力には、ほぼ制限がない。恐るべきことだ。<ブリーチ>が制限を受けるのは、その権力が状況的に非常に特殊な場合だけだ。そうした状況を厳格に監視すべきという主張は、どちらの都市にも必要な予防措置だろう。/こうした秘密めいた監視や、ベジェル、ウル・コーマ、そして<ブリーチ>とのあいだのバランスが成立するのも、そのおかげだ。(P116)
●”クロック”という遠まわしな俗称で呼ばれるわけのわからない機械装置が、実はまったく機械などではなく、中に入っているいくつもの歯車を保存しておくためだけにデザインされた込み入った造りの箱であると、彼はエレガントな論法で主張していた。(P287)
●二つの都市がともに成長するにつれて、両者のあいだに、ある種の場所、空間が空いていた。それはどちらの都市もが権利を主張できない場所であり、それがすなわち<紛争地区>だった。<ブリーチ>はそこにある。(P421)