コスタリカが軍備を放棄していることは「丸腰国家」を読んで知っていた。本書の筆者、伊藤千尋氏は朝日新聞で海外支局を歴任し、現在は「コスタリカ平和の会」の共同代表を務め、ツアーを組んでは、毎年のようにコスタリカを訪問している。「丸腰国家」ではもっぱら軍備放棄と平和外交が内容の中心だったが、本書ではそれだけに留まらず、平和国家ならではのコスタリカの現状が綴られている。
軍備放棄だけではない。平和外交だけではない。誰もが違憲訴訟を訴えることができる。しかも無料で、法律家もいらない。小学生も自身の状況が人権侵害ではないかと訴える。イラク支持を表明した大統領を大学生が憲法違反で訴え、勝利した。民主主義が、人権意識が国民に根づいている。
それだけではない。自然環境保護も徹底し、自然エネルギー大国でもある。また、医療費や教育費も多くは無料だ。移民も難民も受け入れ、差別しないため、アメリカからも多くの人が移住している。こうした現状が現地取材を通じ、わかりやすく紹介されている。そして元大統領が気楽に対応してくれる。
一方で、インテル社の進出など、新自由主義の波はコスタリカにも及び始めている。そもそも農業国で、けっして豊かではない。ニカラグアなど近隣諸国からの移民も多く、麻薬密輸組織が入り込み、治安が悪くなっている。それでも、みんなが「私は幸福だ」と言う。こんな国に住んでみたい。いや、日本もこんな国になると良い。理想を掲げ、前向きに生きていく。そんなコスタリカの人々がまぶしい。
○「大切でない人間は一人もいない」という言葉をよく耳にする。人権を大切にするし、だれ一人排除しないという考えが身についている。移民や難民にもコスタリカ人と同じ人権があり、彼らがきちんと生活できるために住居や仕事などを保障するのが国の務めだという考えが定着している。…日本人は社会に不満があっても、自分の心のうちに収めて黙っていることが多い。コスタリカではだれもが言いたいことを主張する。政府に不満な市民がデモをするけれど…コスタリカではデモといえば人が集まって楽しむイメージだ。参加した人がポジティブに主張し、まるでお祭り騒ぎのようになる。(P35)
○(ノーベル平和賞を受賞した元大統領の)アリアス氏は自衛隊の海外派兵について、こう結論した。「日本の富んだ経済力は、軍事に使うよりもほかのことで活かせるのではありませんか。第三世界は紛争を抱えているだけではありません。貧困、教育、医療、環境の四つの分野で日本は発展に貢献できます。…平和を実現する力がある大国なのに、なぜ軍備を増強するのか。戦後50年近くにわたって平和を維持し世界の経済大国にまで発展できたのは、軍備を放棄したためではないのか」と語った。(P50)
○コスタリカでは憲法の平和条項だけでなく、憲法のすべての条文を市民が活用する…。憲法は…実際に国民の生活に適用されるべきであり、憲法に書かれた理想は社会に実現されなければならないという強い信念がある。…違憲訴訟は個人の利益のためではない。社会のおかしな点に気づいた人が指摘し、みんなの手でよい良い社会を創ろうという発想に立っている。…だから無料なのだ。(P102)
○コスタリカに格差を助長する米国流の新自由主義の経済が広まったのは…1997年、…インテルがコスタリカに進出し…たことだった。…コスタリカの平和で安定した社会と民度の高さ、整った自然環境が、国外の先端産業を呼び込んだのだ。…多国籍企業の受け入れは国内経済に空前の活況を呼び込むが、いきなり不況の奈落に突き落としもする。…グローバリズムの時代だけに国境を超える経済の往来は普通だが、伝統的な社会にひずみをもたらす。(P148)