とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

W杯3位決定戦 ベルギー対イングランド

 準決勝を延長120分まで戦ったイングランドが中2日。対するベルギーは中3日とコンディションには大きな差があった。ベルギーは準決勝出場停止の右WBムニエが先発し、CHに若いティーレマンスが入った点を除けば、ベストメンバー。それに対してイングランドはケイン、スターリングのFWはそのままながら、左WBローズ、アンカーにはダイアー。両IHにデルフとロフタスチーク。そして右CBにはフィル・ジョーンズが入った。右WBトリッピアが元気な姿を見せたのが唯一の救い。

 だが序盤からベルギーがパスをつないで主導権を握る。そして4分、CFルカクの縦パスに走り込んだ左WBシャドリのクロスに右WBムニエがシュート。ベルギーが幸先よく先制点を挙げた。その後も余裕を持ってパスを回すベルギー。12分にはCFルカクから左に流してFWデブルイネがシュート。GKピックフォードがナイスセーブ。13分には左FWアザールがドリブルで運び、CHティーレマンスとのワンツーでさらに前進。PA内まで持ち込んでいく。イングランドはようやく15分、右WBトリッピアのクロスに右IHロフタスチークがヘディングシュート。GKクルトワがキャッチする。

 17分、右FWデブルイネのスルーパスにCFルカクが抜け出すが、トラップが大きい。GKピックフォードがキャッチする。ケインを2点差で追いかけ得点王を狙うルカクにボールを集めるが、ルカク自身はチームプレーへの意識が高く。決定機も決めきれない。イングランドも19分、右IHロフタスチークがドリブルで仕掛けるが、CBコンパニーがクリア。続くCKにCBマグワイアがヘディングシュートを放つが、GKクルトワがキャッチする。23分にはCHダイアーのフィードにFWスターリングが走り込み、落としをFWケインがシュート。だが枠を捉えられない。

 前半も後半になってようやくイングランドがパスをつなぎ攻めるようになってきたが、ベルギーは守備も堅い。逆にベルギーが守備からカウンター。34分、右FWデブルイネのパスから左FWアザールがシュート。続くデブルイネのCKにCHティーレマンスがミドルシュート。ファーに逸れたところにCBアルデルウェイレルトがボレーシュート。わずかにバーを越えた。39分、左WBシャドリが腿裏を抑えて倒れ込む。CBフェルメーレンを投入。フェルトンゲンを左WBに上げた。アディショナルタイム47分、CHティーレマンスのフィードにCFルカクが抜け出すが、シュートはDFがブロック。ルカクはどうしてもゴールが遠い。前半は1-0。ベルギーのリードで折り返した。

 後半頭からイングランドはFWスターリングに代えてラッシュフォード。さらにローズに代えて左IHリンガードを投入。デルフを左WBに広げる。これでようやくイングランドの攻撃に変化が生まれた。6分、右WBトリッピアのFKにCBストーンズがヘディング。だがその手前で左WBフェルトンゲンがクリアする。守備は堅いベルギー。9分には左IHリンガードからクロスがゴール前に入るが、CFケインが届かない。

 ベルギーは11分、右FWデブルイネのスルーパスにCFルカクが抜け出す。だがトラップが長い。GKピックフォードがセーブした。15分、ベルギーはCFルカクに代えてFWメルテンスを投入。ルカクにゴールは生まれなかった。22分、イングランドのCKからベルギーが日本戦を思い起こさせるようなカウンター。だがFWアザールのドリブルはCBストーンズがファールで止めた。イエローカードをもらったが、ここが日本とイングランドの違いか。24分にはCHダイアーがミドルシュートを放つが、GKクルトワがキャッチ。25分、CHダイアーのドリブルからFWラッシュフォードとのワンツーでダイアーが抜け出す。GKと一対一。だが浮かせたシュートにCBアルデルウェイレルトが追い付いて、ライン上でクリアする。

 さらにイングランドが攻める。28分、右WBトリッピアのクロスを右IHリンガードがつないで、CHダイアーがヘディングシュート。だが枠を外す。29分、右WBトリッピアのFKにCBマグワイアがヘディングシュートを放つが、ポストの左。チャンスを決めきれないイングランドに対してベルギーは再三カウンターを発動。31分にはFWメルテンスが左サイドから切れ込んでミドルシュートを放つが枠を捉えられない。

 33分、ベルギーはCHティーレマンスに代えてデンベレを投入。守備を固める。35分には再びカウンター。FWメルテンス、OHデブルイネ、メルテンスとつないで、右にサイドチェンジして右WBムニエがボレーシュート。だがGKピックフォードがファインセーブ。そして37分、再びカウンターでOHデブルイネがボールを運ぶと、スルーパスにFWアザールが中に走り込んでCBジョーンズの前に入って、ニアを抜くシュート。ベルギーが追加点を挙げた。その後はイングランドも右IHアリを投入して攻めたが、ベルギーはしっかりと時間を使い、ゲームを閉じる。2-0。ベルギーが快勝した。

 それでなくてもベルギーの方が実力的には上。リンガードやアリを先発から使えなかったコンディションの違いは大きかった。それでも後半は何度かゴールに迫って意地を見せたが、ルカクが好調ならもっと楽に勝負を決めていた。ゲーム全体はベルギーがしっかりとコントロールしていた。ベルギーにとってはこれまで最上位の3位。うれしいゲームになった。4年後にアザールはどこまでやれるかわからないが、デブルイネはさらに磨きがかかるだろう。今後のベルギーの活躍も楽しみだ。

女王ロアーナ、神秘の炎

 60歳を過ぎた古書店主ボドーニは、ある事故によりそれまでの記憶を失ってしまった。全部ではない。生活上で必要な意味記憶などは残りつつ、自分自身に関するエピーソード記憶だけが失われてしまった。妻と会い、子供と会い、友人や部下に会って、「あなたはこうだった。こんなことがあった」と教えてもらうが、教えてもらったもの以外で蘇ってくる記憶はない。そこで年少時代を過ごしたソラーラに行って、屋敷に残る古い書籍や絵画、漫画、レコード、アルバム、作文の類などを読み漁る。だがそれで習得する記憶は果たして本当に自分の記憶なんだろうか。数日・数週間にして新たに積み上げられていく自分の歴史と記憶。最後は再びの事故の結果の昏睡状態の中で、自分の歴史と記憶のイメージが広がり、それでいったい自分の思い出と夢とはどう違うのかと問いかける。

 ウンベルト・エーコが亡くなって2年が過ぎた。エーコの最後の小説「ヌメロ・ゼロ」は2016年9月に邦訳が刊行されているが、本書はエーコ全7作の小説のうち、5番目。イタリアでは2004年に刊行されている。ようやく今年の1月になって邦訳が発行された。図版が多く、そのため手続等に時間を要したのだろうか。現在、既にエーコが亡くなった後に本書を読むと、まるでエーコ自身、自分の死を予感して書いたのかと思うけど、けっしてそんなことはない。だが、私自身、60歳を超えて自分の人生を振り返ると、記憶のどこまでが真実で、どこから自分が勝手に形作ってしまった記憶なのか、よくわからなくなる。

 数年前に私も自分がまだ覚えているうちにと、生まれてから覚えている記憶をすべて書き出そうという試みを始めたことがある。10歳位まで何とか書き出したが、その後は挫折。書きかけの記録がまだパソコンの中に残っているが、エーコもそんな気分で始めたのだろうか。エーコの場合、自身、記号学者でもあり、多くの図版を自己所有している。それらもふんだんに掲載されているから、それらを見るだけでも楽しい。

 タイトルの「女王ロアーナ、神秘の炎」は「チーノとフランコ」というシリーズの「女王ロアーナの不思議な炎」という絵本から採られている。1935年の作品だ。「要するに、ばかばかしい話だった」(下P31)というが、その名前や表現に喚起された感情が、主人公の人間をつくり、何らかの影響を及ぼしている。われわれ人間はそんな存在であり、人生とはそんなものだ。

 これがウンベルト・エーコの最後の邦訳小説で、もうこれ以上エーコの作品を読むことはできない。それを考えると哀しい。十分ノーベル賞に匹敵する作家であった。もっと多くの人に知ってほしかった。またそのうち文庫本でも読みたくなるかもしれない。ウンベルト・エーコよ、ありがとう。そしてさようなら。

 

女王ロアーナ,神秘の炎(上)

女王ロアーナ,神秘の炎(上)

 

 

○跳ねるには前に跳ばなきゃならないが、そのためには助走が必要だ。つまりあと戻りしなきゃいけない。・・・要するにこれから何をするかをいうにはそれより前にしたことをしっかり考えなければならないんじゃないか。前にあったことを変えて物事を行う準備をするわけだ。(上P36)

○ぼくはバラバラの証言を、ときには思考や感情の自然な流れにしたがって、またあるときはその違いによって切り貼りした。記憶に残ったことはもはやソラーラで見たり感じたりしたもの事ではないし、まして子どものときに見たり感じたりしたであろうことでもない。それは作り事であって、10歳でぼくが考えたはずのことを60歳でまとめあげた仮説のようなものだった。(上P223)

○小さいころ何かお話を読むと、それを記憶の中で膨らませ、中身を変え、崇高にして、面白くもない話を神話にすることができる。実のところ、ぼくのぼんやりした記憶を明らかにしたのは話そのものではなく、題名だった。不思議な炎という表現が、ロアーナというとても甘美な名前が、言うまでもなくぼくの心を奪った。・・・<歴史に残る>ロアーナを忘れても、ぼくは別の不思議な炎の音の気配を追いつづけていた。(下P31)

○もし突然ぼくが考えるのをやめたらどうなるのだろう。このたくさん留保がついた<この世>に似た別様の<あの世>が再びはじまるのだろうか、あるいは暗闇や永遠の無意識となるのだろうか。・・・悔悛することがあれば悔い改めよう。だが悔いるためにはまず自分が何をしたかを思い出さなければならない。(下P103)

福音書をよく読めば、結局イエスも<神>が邪悪だとわかったことに気づく。・・・<神>はイエスに耳を傾けない。それでイエスは十字架に向かって、わが父よ、なぜ私を見捨てたのですかと叫ぶが、<神>は何も言わず、よそを向いた。一方で、イエスはぼくらに、<神>の邪悪を償うために人間に何ができるかを教えた。もし<神>が邪悪であるなら、ぼくらは善良でいるように、お互い赦しあいひどいことをせず、病人の世話をして侮辱の仕返しをしないように少なくとも努めようと。・・・だから、<神>はすごく怒っていたはずだ。イエスは悪魔などではなく、<神>の唯一の真の敵であり、ぼくら哀れな信者の唯一の友だ(下P152)

○たぶん、そう、ぼくは昏睡状態にある。けれど昏睡状態でぼくは、思い出すのではなく夢を見る。・・・ぼくらは偽物の思い出を夢に見るのだ。・・・この瞬間ぼくは暫定的なぼくなのかもしれず、明日になれば、命を奪われる氷河期の到来に悩みはじめる恐竜になるかもしれない・・・自分が何ものかを知りたい。・・・ぼくは狂っているだろうか?・・・ぼくは昏睡状態にはなくて、無気力の自閉性に閉じ込められているのに昏睡状態にあると信じていて、夢で見たことはほんとうではなく、それをほんとうにする権利があると思っていると。(下P232)

 

PITCH LEVEL

 昨年の「サッカー本大賞」の大賞を受賞した作品というので楽しみに本書を手にした。しかし同時にサッカー選手が書いた本というので、ライターが書いた自伝ではないとは知っていたが、なおさらのこと内容には半信半疑な感じ。でも読み始めると、思った以上に面白い。さすが国立東京学芸大で教職を取っただけのことはある。もっとも面白いのは脚注のキーワードにおけるコメント。これだけでも読む価値がある。

 また、経験をベースにしつつも、「勝敗の分かれ目」など、技術論・戦術論に偏らない選手ならではの視点で論じられている点が興味深い。第1章「サッカーの言葉」では、「崩された失点」とか、「ラインの高さ」「自分たちのサッカー」といった言葉に囚われたサッカー観を否定し、勝敗はそんなことで左右されるのではない現場での実感が綴られている。グランパスの選手たちに聞かせたい言葉だ。

 岩政が提起するのは、「常識」を逆手に取ること。そして「日常」が結果にあらわれるということ。心理面を重視した解説は実際のゲームの現場で聞いたらどれだけ面白いだろうか。まだ岩政の実況解説を聞いたことがないが、近い将来、岩政解説というゲームがあったらぜひ聞いてみたい。

 後半は次第に人生観になっていく。そこは人それぞれかも。本書のベースとなったブログ「現役目線」は今月終了してしまった。そして新刊が刊行された。「ウィニング・ストーリー」。こちらは十数人の選手や指導者との対談をまとめたもの。でも、単に対談をまとめたのではなく、対談を振り返り、独自の視点で捉え直し、書き起こしたという。面白そう。今度はこちらを読んでみよう。

 

 

○「勝つためには頭でっかちにならないこと、勝ち続けるためには頭でっかちになること」が大事だと思っています。「理屈」と「情熱」。そのどちらかだけでは決してありません。/ピッチに立つまではあらゆる角度から思考を巡らし、勝つための方法や判断の整理を行います。しかし、ひとたびピッチに立てば、自分の嗅覚を信じて、反応でプレーします。そして、頭ではなく、心でプレーしようと心がけます。(P5)

○うまく試合を運べなくても、「崩せない」「パスが合わない」「いい攻撃ができない」と嘆く必要はありません。その中でも勝ち筋はいくらでも見つけられるのです。・・・僕は経験から、「常識」を逆手に取ったプレーが突破口になると思っています。/例えば、カマタマーレとの試合で突破口となったのはクリア、ロングボールでしたが、決してそれは偶然ではありません。・・・「崩す、崩される」の局面では保たれていた集中が、クリアやロングボールを重要視しない「常識」によって、一瞬、途切れがちになるのです。(P18)

○僕は、勝負の神様は日常の中で、2つの状況で僕たちを試しているように思います。良い状態のときと苦しい状態のとき。/勝負を決する試合では、正直にその答えを示されます。/試されているのは日常です。その答えが勝者のメンタリティと呼ばれます。/「勝負の神様は細部に宿る」/よく聞きます。間違いありません。併せて僕は、/「勝負の神様は日常に在る」/と断言できます。(P59)

○武器とは、もともと自分にあるものから生み出されるものと思われています。・・・「スピード」とか、「フィジカル」とか、「テクニック」とかです。しかし、考え方次第で、自分になかったものからも武器は生み出せると思います。つまり、結局どんな人も、どんなことも、自分次第だということです。・・・選手として大事なことは、自分の持っているもの、持っていないものを整理し、その上で自分の表現の仕方を知っていることで、何か身体的特徴を持っているとか持っていないとかではありません。(P193)

○毎年、クラブは変わっていきます。選手は移り変わり、歴史に歴史を積み上げていきます。しかし、不思議なほど、クラブの“カラー”は変わりません。/それはきっと僕たちがクラブの歴史と戦っているからだと思います。そのマラソンレースに勝ったとしても敗れたとしても競ったのはクラブの歴史であり、今のクラブはクラブの歴史の上にしか立てないのです。(P257)