とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

愛ゆえの反ハルキスト宣言

○洋の東西を問わず多くの国で翻訳が読まれているということは、普通に考えればそれだけ普遍性があるということだろう。まさにその普遍性が、僕にはなかなか見えてこないのである。・・・村上春樹の作品について、僕にとって問題なのはあくまで、「雑音」があまりに多すぎるということなのだ。・・・それは、主人公たちのもつ過剰なまでの純真さであったり、・・・当事者であることを回避しようとする主人公の態度であったり・・・似通ったパターンの性行為がくりかえし描かれることであったり、・・・むやみに複雑な物語構造、その中で恣意的に結びつけられていく多すぎるモチーフ・・・「ああまたか」という食傷感を否応なくかき立てる。(P320)

 終章で書かれているこの一文が、筆者が村上作品に対して感じる嫌悪感、本書で書き連ねている事柄のほとんど全てを示している。一つは、その普遍性は何か。これについては、「見えてこない」というのだから、ほとんど書かれていない。終章では仮説的に、村上春樹は時代の少し先をリードして「萌え」やサブカルチャーを描いてきたことと、煩わしく複雑な現代社会において「当事者回避」が共感されたことの2点を挙げている。確かにそうかもしれない。

 二つ目は「雑音」の多さ。本書はもっぱらこの点について、村上春樹の長編作品から該当箇所を抜き出しては、詳細に説明をしている。そして確かにそうだと思う。中でも、「当事者回避」と「萌え」は、一般的な作家をいら立たせるのだろう。前者の「当事者回避」については、「やれやれ」とか「しないわけにはいかない」という村上春樹特有の言い回しで表現される。また「萌え」やご都合主義的な性的場面もいつもながら満載。どうして村上作品の主人公は、普通の人っぽいのに、すぐに女性に愛され、性欲処理をしてもらえるのだろう。そして、こうした場面がそれぞれの作品で何度も繰り返される。

 本書を読んでいると確かに、村上作品の何がすごいのか、何が面白いのかがわからなくなる。筆者がいらついているところは、確かに私もいらついているところなのだ。そして、作品を通して村上春樹は何が言いたいのかも、それもよくわからない。そういう意味では、単なるエンターテイメント小説なのかもしれない。先にカズオ・イシグロノーベル賞をもらい、村上春樹の受賞は先に延びたと言われている。今一度、村上作品のすごさは何なのか。それを考えてみよう。そうやって考えれば考えるほど、ノーベル賞から遠ざかっていくように感じる。僕は村上春樹の次作を読んでいいのだろうか。多くのハルキストの読んでもらいたい。好著である。

 

愛ゆえの反ハルキスト宣言

愛ゆえの反ハルキスト宣言

 

 

○いずれも、自分が当事者であるにもかかわらず、一定の距離を置いたところからそれを冷静に眺めてばかに取り澄ました論評を述べているかのように見える・・・そこに共通しているのは、自らがある事態の当事者であることを回避しようとする姿勢である・・・当事者であることそれ自体は避けようがない中で、それに対する自分の受け止め方を巧妙にずらすことで、事態の悲劇性や破滅性などと直接対峙することを免れようとしているのである。(P87)

○ハジメが「悪をなし得る」人間であるとは、僕は思わない。彼はただ、究極的に「自分しかない」人間なのだ。最終的に優先されるのは常に自分自身であり、そのとき、他者へのまなざしは消失する。・・・彼らは、ときに他者の心の痛みに対して恐ろしいほど鈍感になるようだ。自分を守るためなら、いざとなれば平気でほかのものを犠牲にするように思える。/実生活においては、あまり近づきたくないタイプかもしれない。(P102)

○「少し傷つくくらいの権利は私にもあるはずだ」と内心で呟いている。・・・彼らはまるで、そうしたネガティブな感情をあらわにすること自体をなにか不面目なことと考え・・・言い訳をせずにはいられないかのように見える。・・・怒りや嫉妬、憎悪や抑えきれない内的衝動などをあけすけに示すのは、たしかにみっともないことかもしれない。しかしそのみっともなさや、それに伴う恥ずかしさをまさに当事者として引き受ける覚悟もなしに、人生を本当の意味で生きることなどができるのだろうか。(P160)

○「メタファー」という言葉を使いさえすれば、誰にでもなることができるし、時空を超えていつでもどこにでも存在することができ、どんな役割を担うことも可能になる・・・後期村上作品において、仮説あるいはメタファーはほとんど常に一種のデウス・エクス・マキナ(機械じかけの神。ギリシア悲劇などで、事態の収拾が困難になった局面で現れ、ものごとを鮮やかに解決に導く神のこと)として濫用されているように見えるのである。それもまた、村上一流のオポチュニズムの表れではないだろうか。(P264)