とんま天狗は雲の上

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土 地球最後のナゾ

 土とは何ぞや? 地面にある岩や砂が風化してできたもの。でもそれだけでは正解ではない。本書によれば下記のように定義されている。

○学会の定義する「土壌」とは、岩の分解したものと死んだ動植物が混ざったものを指す。この意味では、動植物の存在を確認できない月や火星に、土壌はないことになる。あるのは岩や砂だけだ。この命のない“土”の材料はレゴリスと呼ばれ、土とは区別される。(P19)

 本書では、私が慣れ親しんだ工学的な土質とは違い、土を植物生育の基盤として扱っている。土壌学的な分類方法も各種あるようだが、本書ではアメリカ農務省の土壌分類に基づき、12種類の土壌種に絞って紹介している。そして筆者はまず、その12種類の土壌の現物を確認するために世界各国を訪ね歩いていく。本書の過半はこの顛末の報告である。それがけっこう面白い。それぞれの土の成分や性質、生成過程、植物生育上の課題や利点などの説明だけでなく、一種の訪問記として面白おかしく書かれている。随所に挟まれる軽口やジョークが絶妙だ。

 12種類の土の内で肥沃と呼べる土壌は、チェルニーゼムと粘土集積土壌、ひび割れ粘土質土壌くらい。そして日本を覆っているのは黒ぼく土という、酸性度が高い土だ。第3章では、これらの土を食糧生産のための土壌として利用していくための方策について検討していく。食糧生産には向かない泥炭土も、窒素肥料の生産によって食糧増産に貢献している。貧栄養なオキシソルが広がる南米のセラードは、大量のリン酸肥料と石灰肥料を撒くことで広大な牧草地となり、牛肉の大産地となった。そして日本の黒ぼく土は・・・意外に肥沃ではない。酸性が強く、土壌内にリンを大量に含むもののそれをうまく回収できる植物は多くない。イネは酸性に強い植物であり、水を張ることで黒ぼく土の欠点を酸性とリンの問題をうまく解決しているのだと言う。「水もリンも石灰もある黒ぼく土の未来は、見た目ほど暗くない」という文章は、「黒い」と「暗い」を掛けた筆者独特のジョークだ。

 たかが土、されど土。土もなかなか面白い。「地球最後のナゾ」というのもけっして大げさではない。もっともナゾは他にもいっぱいあるけどね。

 

土 地球最後のナゾ 100億人を養う土壌を求めて (光文社新書)

土 地球最後のナゾ 100億人を養う土壌を求めて (光文社新書)

 

 

○落ち葉や枯れ葉や根といった植物遺体に限らず、動物や微生物の遺体やフンも材料となる。ただし・・・生物遺体のままでは腐植とは呼ばない。新鮮な生物遺体が原形をとどめないほど細かく分解され、腐葉土となる。腐葉土はさらに変質して腐植となり、一部は粘土と結合する。・・・複雑すぎて化学構造も部分的にしか分かっていない脅威の物質である。・・・腐植をつくるレシピは、今のところ、土の中の無数の微生物しか知らない。・・・小さな微生物が、巨大な陸上生態系を支える土壌の生成を一手に担っているのだ。(P28)

○雨が降る最中やその直後・・・植物の根や微生物の雨で元気になり、大量に呼吸する。放出された二酸化炭素の一部が土の水に溶け込めば炭酸水になる。・・・中性だった雨水は、土に入った瞬間に酸性物質が溶け込み、pHは炭酸レモン水に近い3台まで記録した。・・・炭酸水や有機酸を含んだ水は岩を溶かし、土へと変える。・・・酸性土壌は農業をやる上では問題だが、酸性物質がなければ鉱物の風化が進まず、土も粘土も生まれない。(P60)

○黒ぼく土には・・・極めて反応性の高いアロフェンと呼ばれる粘土が多い。この粘土が腐植と強く結合するために、蒸し暑い日本でも腐植は数千年も保存される。火山灰が新たに堆積することで腐食が地下に埋没すると、さらに微生物に分解されにくくなる。真っ黒い土には、まだまだ新たに腐植を吸着する能力が残っていた。・・・チェルノーゼム、ひび割れ粘土質土壌よりも多くの腐植を含む黒ぼく土だが、違いは酸性だということだ。・・・これでは肥沃とはいえない。(P134)

○水とリン・・・日本の土壌には、潜在的にこの二つがそろっている。・・・水の豊かさは土を酸性にしてしまう問題をはらんでいるが、それは石灰肥料をまけば改良できる。・・・鉱物資源の乏しい日本にあって石灰岩だけは自給可能だ。水もリンも石灰もある黒ぼく土の未来は、見た目ほど暗くない。/国内総生産が伸び悩んでいる国の中で、耕作放棄地だけは順調に増加している。・・・肥沃な土は私たちの足元にもある。(P206)