とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

日本社会のしくみ

 長い! 全部で600ページを超える。しかしその長さに比して、内容は乏しい。冗長としている。「日本社会のしくみ」というタイトルだが、主に日本の雇用体制について、その成立までの歴史を調べたものだ。第2章・第3章で欧米、特にアメリカとドイツの雇用制度について説明した上で、第4章以降はそれらと比較して、現在の日本の雇用体制がいかにつくられていったのかということを戦前・戦後の膨大な史料等を読み込んで精査していく。

 一言でいえば、欧米の制度とて多くは戦後の経済情勢の変化の中で今のように形作られていったのであり、日本のそれも同様、明治維新以降の西洋化、そして戦中・戦後の生活苦、さらには高度成長期における高学歴化への対応を経て、現在の状況になっている。しかし高度成長期の年功序列制は一部の大企業のコア部分でしか残ることはできず、厳選査定による出向や女性へのしわ寄せ、そして非正規雇用といった形で外部化されていった。第1章で説く、「『地元型』から『残余型』への以降」(自営業の減少と非正規雇用者の増加)という説明も興味深いが、今後はそれも成り立たなくなっていくのではないか。

 それではどうするか。終章で3つの選択肢を提示する。筆者は回答③、すなわち「同一労働同一賃金社会保障の充実」を支持するとは言うものの「この問題は結局のところ、日本社会の人々がどのような方向を選ぶかにかかっている」(P580)と突き放す。しかし多くの日本人は、一部の権力者とそれに追随する学者や政治家などの望む方向へとマインド・コントロールされているのではないか。

 マインド・コントロールは言い過ぎにしても、本書で明らかにした過去の経緯を見ても、日本の雇用制度は、その時その時の経営側・労働者側の面前の利益と調整の結果として今に至っている。そしてこれまでの流れを大きく変えることはできない。そのことを思うと結局、どうしようもないところまでいった末に大きな地殻変動が起きるのか。若しくは適当な構造の上に軟着陸するのか。

 いずれにせよ、日本の(いや日本だけでなく世界の、かもしれないが)雇用体制は大きく変化しなければ、付け焼刃な対応ではどうしようもない状況になりつつある。この歴史書の次はどのように書き足されていくのだろうか。私のような高齢者は年金制度だけで食べていけるのだろうか。

 

 

○正社員数や大卒就職者数はさほど変動がなく、「大企業型」は比較的に安定している。しかし90年代以降、高卒労働市場の急減、自営業セクターから非正規雇用への移動など、「二重構造の下の層」では大きな変動がおき、地方圏から大都市圏への移動が恒常化している。これらは、「地元型」から「残余型」への移行が生じていることを示唆している。(P78)

○戦争で物資が配給制になり、企業は物資や食糧の配給ルートとして重要になっていった。……ここでは、企業はまさに生活共同体であった。……ここには、職員も工員と共通の生活苦のなかにあったことと、それを背景にした一体感がうかがえる。……企業別の混合組合は日本の文化的伝統などではなく、戦争と敗戦による職員の没落を背景として生まれたものだったのである。(P357)

○戦前には、資格制度は職員にだけ適用されていた。……だが1960年代の高学歴化によって、すべての従業員が「社員」として、一元的な資格等級で序列化されるようになったのである。……最初に配属された職務が何であろうと、与えられた職務で経営の期待に応えた者は、選抜されて昇進する。……こうした職能資格制度に対する……肯定的な評価は……労働者の勤労意欲を高めたものとみなす。批判的な評価は、労働者を……企業に忠誠を尽くす「会社人間」に代えた制度だったとする。おそらく、これらは同じ事実の両側面なのだろう。(P472)

○年功による昇進や昇給は、元来は経済的コストに左右されない官吏の慣行であり、戦前の民間企業では少数の職員だけの特権だった。それを全従業員に適用するのは、高度成長期のような例外的時期をのぞけば、困難なことだった。/それでもなお、長期雇用と年功賃金を続けようとすれば、適用対象をコア部分に限定するしかなかった。そのための方法が、人事考課による厳選、そして出向・非正規雇用・女性という外部を作り出すことだったといえるだろう。(P528)

○この世にユートピアがない以上、何らかのマイナス面を人々が引き受けることに同意しなければ、改革は実現しない。だからこそ、あらゆる改革の方向性は、社会の合意によって決めるしかない。/いったん方向性が決まれば、学者はその方向性に沿った政策パッケージを示すことができる。政治かはその政策の実現にむけて努力し、政府はその具体化をおこなうことができる。だが方向性そのものは、社会の人々が決めるしかないのだ。(P579)