とんま天狗は雲の上

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人口減少時代の大都市経済

 著者の松谷明彦氏は「人口減少社会の設計」を読んでその名前を知った。この時の感想文を読んでみると、松谷氏の経済学的視点にかなり興味を惹かれたことが書かれている。
 この時点で既に、人口減少と連動した経済成長率の低下や過大な設備投資が重荷になってくること、国民の幸せにつながらない日本経済の特徴など、本書でも主張していることの多くは書かれている。
 本書では、人口減少の経済的・財政的な影響は地方部よりも大都市圏で問題が大きいことを説明している。ただし、大都市経済とは大きく見ればそのまま日本経済と同義であるから、人口減少時代の経済の見通しと対策を論じた本である。
 第1章「行き詰まる大都市」では、東京などの大都市圏に高齢化が集中し、地方部に比して財政状況が格段に厳しくなることを各種の統計分析を用いて説明している。高齢化率もさることながら、高齢者実数自体が急増することから、高齢者数自体は増加しない地方部に比べ、対応すべき財政需要が格段に増大する一方で、税収は大きく落ち込んでいく。こうした状況に対して、増税により財政収支の改善を目指すことは本当の解決にならないとして、「永久公債」を提案している点が目を惹く。
 第2章「大都市経済はどこに向かうべきか」では、こうした人口構造と変化に起因する問題に加え、戦後経済の実態が追い打ちをかけている状況を批判する。高度成長をもたらした日本の産業構造は全て「直輸入だった」。自国の資源や特長を生かした産業育成ではなく、重化学工業に偏した「傾斜生産方式」を採用し、海外技術を直輸入する「ライセンス生産」を進め、終身雇用制度により徴した安い労働力を単純労働に大量に投入した。
 しかしこれは開発途上国に適した産業構造であり、先進国となった今となっては大きな方向転換が求められる。にも関わらず、終身雇用・年功序列制などの雇用システム、労働生産性よりも低い労働者賃金、外国からは魅力のない閉鎖的な市場を守っており、若年世代の減少と内向き指向による技術開発力の低下等もあって、全く将来への展望が見えないと酷評する。併せて、過度の機械化が日本経済を閉塞状態に陥らせていること、また低賃金の外国人移民政策は解決にならないことなどを説明している。
 解決・提案編が「大都市社会はどこに向かうべきか」と題する第3章である。ここでは、「いかにして社会を、人生を、街を豊かにするか」をタイトルに、3節に分けて提案がされる。その基本的な趣旨は、限られた経済成長や税収、所得の中でロスをなくすことによって豊かさを手に入れるというものである。
 具体的には、徹底的な資本自由化による国際競争力の向上と国際分業、労働生産性と連動した賃金配分、年金制度に頼らない老後のための社会制度の整備、そしてお金をかけずに時間が過ごせる街づくりなどである。中でも公共賃貸住宅の整備拡充を提案している点は興味を惹く。
 これらの提案は、巷間でよく聞かれる企業の内部留保の奪還とか、行財政改革による社会サービスの供出といった社会運動的なものではなく、本来、経済とは何か、豊かさとは何かを問い直し、全体のパイの大きさに頼らない現実的かつ本来的な内容である。
 現状の社会常識の前では荒唐無稽に聞こえるこれらの提案も、冷静に考えてみればなるほど合理的であり、人生を豊かにする社会制度本来の姿を求めるものであることがわかる。そのためには国民全体での意識転換が必要である。すぐに実現することは困難かもしれないが、早晩、日本はこうした転換を余儀なくされるだろうことは想像に難くない。社会は、経済は、人生を豊かにするためにあるのだ。

人口減少時代の大都市経済 ―価値転換への選択

人口減少時代の大都市経済 ―価値転換への選択

●永久公債として有名なのは、イギリスのコンソル公債であり、18世紀に発行され、現在も国の債務として残っている。償還の時期を国が選択できるというもので、・・・事実上、元金を償還しない国債である。ただし金利だけは毎年払い続ける。そうした永久国債を発行して、現在の国債、地方債を借り換えるのである。償還費が不用になって、財政は安定し、政策の自由度も広がる。(P102)
●欧米先進国では、日本よりはるかに分配が重視される。そもそも何のために経済が存在するのか。それは経済の発展が人々の生活を豊かにするからである。技術の進歩と経済システムの高度化がもたらす労働生産性の向上によって、人々は長時間労働から解放され、すなわちより少ない労働時間でより多くの所得を得られることとなり、増加した余暇時間と所得の下で、人々はより豊かな自己を実現できるようになった。(P141)
●機械化には適切な水準があり、その水準を超えて機械化することは、不況や生産縮小に対する脆弱性に加え収益性の低下から企業の存続を危うくし、さらには賃金水準の低落を招き、経済全体を下方に向かわせる圧力にさえなるのである。(P159)
●人口増加時代にあっては、産業政策とはすなわち産業構造の高度化であった。高度な先進産業を取り入れ、生産技術を向上させれば、人々も社会も豊かになった・・・。しかし人口減少時代では、いかにすれば働く意思のあるすべての人々のベストパフォーマンスを引き出し得るかという視点が不可欠になる。そして働く人それぞれをいかに豊かにするか。それがこれからの産業政策の基点でなければならない。(P226)
●高齢社会だから、確たる年金制度を確立する必要があると主張する人も多いが、実は高齢社会だからこそ年金制度を維持することは困難なのである。われわれ日本人は、高齢者対策のあり方をもっと工夫すべきだろう。あるいはもっと多くの政策手段によって多様な対策を講ずるべきだろう。なぜいま人々は先行きに不安を感じているのか。一つにはすでに破綻が明らかであるにもかかわらず、年金制度以外の対策を政府が示し得ないからである。(P248)
●これから先、日本人が豊かになることはない。しかしまるでないかというと、例えばそのロス(持家取得のための過大投資によるロス)を縮小し他の生活支出に充てることとすれば、豊かさは確実に増加する。・・・空地(スクェア)で多くの人々と関わり合いながら時間を過ごすことも人生を豊かにすると前述したが、それは・・・お金では買えない価値を追求することで人生を豊かにしようというものであった。(P278)
●大都市地域の人々はあまりに多くのものを大都市自体から得ようとしてはいないか。例えば、うるおいを求めて緑や水辺を創出するといった街づくりを推進している大都市は多い。・・・自然を味わいたいのなら、都会に住む人々がもっと積極的に本当の自然のなかに出かけるべきではないかと思う。多額の資源を投じてまで、疑似自然を市街地に演出するというのは、少なくとも投資能力が急速に減少する人口減少社会にあっては、必ずしも適切な都市整備とは言い難い。(P290)