民主党が子ども手当に所得制限を導入する方針に展開し、制限額がどうなるかでさまざまな意見が出ている。800万円、1000万円、2000万円、1億円!?
私には800万円でも高過ぎると思ったけれど、どうもマスコミや政界の方たちには低過ぎると思っているようだ。しかし私の廻りを見渡してみれば、中学生以下の子どもを抱える世帯で、年収が800万円を超える世帯は、夫婦とも正社員の共働き世帯か、50才以上の晩婚世帯くらいしか見当たらない。
こうした世帯に子ども手当を支給すれば、確かに不要不急のレジャー費や贅沢品に消費され、経済効果はあるかもしれないが、子ども手当のそもそもの意義はバラまきによる経済効果ではなく、少子化対策だったはずだ。
出生率を画期的に上昇させたフランスなどが、子どもは社会全体で育てるという考えの下、所得に関わらず子ども手当を支給し成果を上げたと言われている。しかしその前提がかなり異なるのではないか。
「社会全体で育てる」という主旨からすれば、まずは子どもを家族環境の差異に関わらず、同等の教育、保育、生活を得られる状況にする必要がある。そのためには例えば教育費・保育費の無料化や望めば誰でもいつでも引き受けてもらえる保育環境の整備が必要だ。その上で、それでも子どもを産み育てるよりも個人の享楽を優先しがちな富裕層を出産や子育てに誘うための方策が求められる。
さまざまな環境整備があってもなお残る子育ての苦労と楽しさとのアンバランスを補うものとして、子ども手当が所得に関わらず導入されたのではないか。
子ども手当がなぜ有効であったのか、その理由に関するしっかりとした分析を踏まえて、所得制限が必要かどうかは議論されるべきで、百論併記されたマニフェストを金科玉条と奉るばかりが脳ではない。政権交代を期待して民主党に投票をした国民の中にも、子ども手当という施策に対しては違和感を感じていた人は多かったはずだ。少子化対策としての決定打であるというよりは、少しでも厳しい家計の足しになるならと考えた人の方が多かったはずだ。
だとすれば、子ども手当は「家計が厳しい」と考える世帯のみを対象とすればよろしい。それは1000万円でも2000万円でもなく、800万円でも高過ぎると思う。いいとこ500万円程度ではないだろうか。
税収や地方自治体の負担と比較するのは、マニフェストではなく、少子化対策としての効果ではないだろうか。
そして少子化対策としては、子ども手当の前に子育てのための環境整備、すなわち教育費の無料化や保育所の整備等を優先すべきだと考える。ちなみに妻も、「子育て手当を支給する余裕があるなら、給食費の無料化の方が先じゃないの」と言っているが、私も同感だ。
民主党政権の政策が必ずしもバランスが取れていないと感じる者は多いだろう。徒にマニフェストを実施を急ぐのではなく、一つずつきちんと議論しつつ実行に移していけばよいと思う。そうした対応と実行力をこそ、国民は見ていると言いたい。