1998年から2016年まで、朝日新聞に掲載されたエマニュエル・トッドに対するインタビュー記事を集めたもの。ただし、第1章「夢の時代の終わり」は2016年8月にトッド氏の自宅で行われたインタビューを初掲載。また第2章も新聞掲載されたのはその要旨だけなので、インタビュー全編は初掲載となる。面白いのは、第2章以降の各記事は次第に年代が遡る形で並べられていることだ。第3章は2011年以降、第4章は2005年からリーマンショックの後まで、第5章は1998年から9.11、そしてイラク侵攻の頃まででまとめられている。
古い記事はもう20年も前にも関わらず、少しも古い感じがしない。結局それは「まえがき」の「日本の読者へ」で書かれているように、経済のグローバリゼーションが進行していくという一つの大きな流れのなかにある時期だったからだろう。僕らの目は常にグローバル化へ向けられていた。しかしそんな時代の兆児だったグローバリゼーションも今や世界へ不幸をまき散らす思想やシステムに堕落した。今後はどんな時代になるのか。
トッド氏は、時代の変革や課題解決の役割を担うべきは各国のエリート層であるべきとする。このことは「問題は英国ではない、EUなのだ」でも指摘されていた。また、リーマンショック直後に、欧州圏、北米圏、極東圏の三つの保護主義圏が相互に連携していく経済体制を提案していることも注目される。イスラムの問題については先進国によってスケープゴートにされているだけだと指摘する。これはトッド氏の一貫した見方だが、これは2008年3月の記事だ。
それにしても、過去に掲載した新聞記事を集めて本にするというのは少しずるい気もする。ま、それも、トッド氏の提言の面白さに免じて許すことにしようか。
グローバリズム以後 アメリカ帝国の失墜と日本の運命 (朝日新書)
- 作者: エマニュエル・トッド
- 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
- 発売日: 2016/10/13
- メディア: 新書
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〇1998年と2016年の間に私たちは、グローバリゼーションが国を乗り越えるという思想的な夢が絶頂に上り詰め、そして墜落していくのを経験したのです。それは、一つの国(ナショナル)というよりむしろ帝国(インペリアル)となった米国に主導されながら進んでいきました。(P5)
〇ポジティブな出口は、高等教育を受けた人たちが、そうではない人たちと共通しているところがあるのだという理解にたどり着くことです。高等教育を受けた人たちが、自分の国の人々のことをほったらかして、この惑星全体をながめようとしたり、自分たちが世界中のすべての人と連帯しているのだと考えたりするのをやめることです。そうすれば、民主主義は地に足のついた、適切なものとなるでしょう。責任のある、理にかなった、節度ある民主主義。(P57)
〇先進国はすでに消費社会の段階を終え、低成長時代に突入している。各国が直面する国内外の経済対立をどう克服するかが課題だ。グローバル化の進展は、一つの世界像への収斂ではなく、国内や国家間の対立が際立つ世界を意味する。今後も国家の時代は続いていくだろう。(P122)
〇中国にはもっと違った道がある。経済の構造を10年から15年かけて内需志向に転換すれば、大きな改善が見込まれる。・・・中国は自分の畑をまず耕すべきだろう。・・・欧州の対応策はある。保護主義的な障壁を確立し、域内貿易を優先することだ。・・・それが生活を改善し消費を刺激すれば輸入を促進することにもなる。原料供給でロシアと提携すれば、非常に安定した経済の極となる。・・・結局のところ、三つの保護主義圏、つまり欧州圏、北米圏、極東圏によって再編された経済こそが、世界にとって有益なのだ。これまで保護主義は国単位の発想だった。そうではなくて、欧州各国が一緒になって保護主義圏をつくり、それができれば、今度はほかの経済圏との協力に移行していく。
(P144)
〇経済問題などをうまく解決できない各国政府が文明の衝突を言い立てる。国際的なレベルでの経済問題を各国の政府が解決できないと、政治的にスケープゴートをつくりあげるしかなくなる。国外に犯人を求める。それが今、イスラムを悪役にする動きになっている。これは文明の衝突ではなくて、本当の問題から人々の目をそらせるために文明の衝突を口実にしているに過ぎない。(P151)