とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

桐島、部活やめるってよ!

 昨年「何者」で芥川賞を受賞し一躍有名になった。デビュー作の本書も一昨年映画化され話題を呼んだ。それもあるが、筆者が岐阜県出身という点にも興味を引かれ、本書を読もうかと言う気になった。ただし図書館の予約は数十人待ちで半年以上も待ってようやく順番が回ってきた。
 17歳、同じ高校に通う5人がそれぞれの視点から、高校生活が語られる。部活をやめた桐島は結局最後まで現われない。それどころか全く主役でも何でもない。桐島がバレーボール部をやめたことで繰り上がってレギュラーになった男子学生の喜びと緊張と後ろめたさの入り混じった複雑な心模様。桐島の部活が終わるまでバスケをしながら待つ男子生徒に恋心を持つ吹奏楽部長の女子学生。地味な映画部で劣等感と恋心と映画にかける充実感をにじませる男子学生。彼などは桐島がやめたことでバレーボール部に代わり体育館を使用していたバドミントン部を撮影するというだけの関係だ。さらに、父親と義姉を交通事故で亡くして精神を病んだ義母との家族生活と学生生活の狭間で心を揺らす女子学生は桐島の彼女の友人。野球部で期待されながら中途半端な気持ちで遊び呆ける男子学生は、その満たされない気持ちを桐島も同じ気持ちかと思う。彼ら・彼女らの揺れる心をオムニバス形式で描く。
 それぞれの話が少しずつ重なり合い、それぞれの異なる心の内を描いていく。その設定が見事。そして文章も巧い。青春小説と言ってしまえばそれまでだが、やはり文章の巧みさが「小説すばる新人賞」を受賞した要因だろうか。この透明感のある文体は最大の魅力だ。そして「何者」で芥川賞を受賞。続いて読みたいかと言えば、それはちょっと・・・。疲れたときに読めばすっきりする。そんな清涼飲料水みたいな小説かもしれない。

桐島、部活やめるってよ

桐島、部活やめるってよ

●ふわっと体の内側が嫌な温度になった。言葉にならない気持ちが溶け込んでいつもより粘っこくなった血液が、ぐるぐるぐると全身を循環している。なんとことだよ、と言いながら俺の体温はぐらぐら揺れる。・・・寒いはずなのに体中の毛穴から汗がたっぷりと噴き出してきて、気味の悪い暑さだ。(P27)
●体育でチームメイトに迷惑をかけたとき、自分は世界で一番悪いことをしたと感じる。体育でチームメイトに落胆されたとき、自分は世界で一番みっともない存在だと感じる。(P96)
●僕はどきどきしていた。片仮名でドキドキというよりも、とくんとくんと心臓がやわらかくあたたかく動く感じで、ひらがなでどきどき。(P104)
●窓から差し込んでくる光はやわらかくて、まるくて、なめらかで、さらさらしていて、さくさくと私の視界に入り込んでくる。教室が太陽に撫でまわされて、いつもよりぴかぴかと輝く。ここには三十六人分の未来が詰め込まれているんだな、なんてガラにもないことを考えた。(P145)
●自分が好きでやりたいことを全力でやってるときって、たぶん誰でも、こんな顔をしているのだろう。なんていうか、見ているほうが胸をつかまれるくらいひかりを放つ顔。とっぷりと何かに濡れていた心が絞られて、蜜のようにこぼれ出た感情が血管を駆け抜けていく。/きっとレンズの向こうに映るバドミントン部は、この目で見るよりも遥かに美しいのだろう。だけど、そのれレンズを覗く映画部ふたりの横顔は、/ひかりだった。/ひかりそのもののようだった。(P196)