とんま天狗は雲の上

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逆説の軍事論

 安保法案を巡って活発な反対活動が展開されている。国会周辺だけでなく、各地で大規模なデモが実施されているが、政府は今月中旬にも法案を成立させる方向で動いていると言う。安倍総理を始めとする与党議員の傲慢で姑息な態度を見ていると、心情的には私も安保法案反対の気分が高まるが、現在の世界情勢の中で日本の安全保障はどうあるべきかという骨太な議論を目にすることは少ない。これまで「軍事論」と銘打った類の本は敬遠してきたが、バジリコという出版社から発行されていること、そして「逆説の軍事論」というタイトルに惹かれて読んでみる気になった。

 「読んでよかった」というのが正直な印象。「逆説の軍事論」というタイトルだが、逆説でも何でもなく、正統な軍事論が展開されている。内容に賛同するとかいう以前に、こうした論考を踏まえた上で、安保法案も議論をしてほしいと切に思った。けっこう説得されたかもしれない。餅屋は餅屋。安全保障についての専門的な議論が必要だ。筆者の基本認識として、軍の任務は国の主権を守り、国を安全に保つことにある。国の主権は本当に守られなければならないのかという議論はあるのかもしれないが、そのことも指摘した上で、筆者はその必要性を国の基本として揺るがぬものとする。

 ソ連崩壊後、二極体制からアメリカの一極体制で落ち着くかと思われた世界は、9.11テロやユーゴ情勢、中東情勢などを経て、現在は多極化へと向かっているように思われる。しかし現時点ではまだアメリカの力が絶対的に大きい。そうした現状を踏まえ、現時点ではアメリカ一極体制による世界秩序の維持を支援することが必要だと主張する。また、いまや一国の防衛は、一国の自衛だけで足りる状況にはなく、各国が連携して「世界の平和」を守る集団安全保障体制が必要となっている。その中でいつまでも「専守防衛」だけを言い募っていても、世界的には問題児となりかねない。いまや日本も積極的に世界の平和に貢献する意識と行動が求められていると言う。

 では、集団安全保障とは何かと言えば、各国の軍隊が協力し合い、連携しあうことで、お互い戦火を交えることがないような状態を作っておくことだと言う。先日、中国における抗日勝利70周年記念軍事パレードに韓国の朴大統領や国連の藩事務総長が出席したが、集団安全保障の観点から言えば、軍事的な平和を維持するために必要なことだという。アメリカも太平洋の集団的防衛体制の構築に向けて、中国の参加を求めている。お互いが連携し、共同化した防衛体制を作っていくことが国際平和につながるという理論である。わからないではない。

 軍事とは何かといった基本から始まって、過去の戦争の歴史を振り返り、さらに現時点での世界情勢を、「核の抑止力」「北朝鮮の脅威」「中国の軍事力」そしてアメリカ、ロシアその他の軍事情勢を分析する。その上で、これからの日本の軍事は、集団安全保障をベースに据えていくことが必要だと主張する。

 論旨は明確で、わかりやすい。現状分析も常識的で的確だ。もちろん自衛隊OBとして、自衛隊の存続と役割を肯定した上での議論となっている。願わくば、現政権においても本書で展開するような軍事論を理解した上で安保法案が提案されていればいいのだが。今の安倍政権では危なっかしくてとても一任できない。国民全体でこうした外交・軍事論をしっかりと考え議論することが必要ではないか。

 

逆説の軍事論

逆説の軍事論

 

 

・国の平和と独立を守り、国の安全を保つ。そのために侵略から国を守るのが軍隊の仕事です。・・・自衛隊の目的は「我が国の平和と安全を守る」ことだという人がいます。しかし、「平和と安全」だけだと、自衛隊法に明記された「独立」が欠けてしまいます。・・・独立とは、いいかえれば「国家主権を守る」ということです・・・平和も必要ですが、主権ないし独立も当然必要であり守るべきものなのです。したがって、世界においても各国家間での平和が必要であるし、同時に各国の独立も必要だということになります。(P32)

・一番困るのは日本人の多くが「アメリカが日本の国土・国民、つまり主権を守ってくれる」と思い込んでいることです。アメリカが日本の独立を認めている以上、日本を守るのは日本自身であり、アメリカの責務ではありません。・・・アメリカをはじめとした諸外国と共同でお互いの利益線を守りつつ、最も効果的に自らの主権線を自らの手で守らなければならないのです。そのために感情に走った脅威対抗防衛力はできるだけ抑制して、ゆったりと、しかし堅固な基盤的防衛力を構築していくべきなのです。(P132)

・アメリカの価値観は「自由と民主」ですが、これは曖昧かつ誰にも反対できない幅広い概念です。各国は、この「自由と民主」の中に、それぞれ独自の概念を埋め込み、勝手に解釈することができます。ですから、力は一極であっても、価値においては多極であり、それ故に各国はアメリカから独立しているのです。力の一極を守るということは、何もかもアメリカに追随するという意味ではありません。自らの国の独立と自由を守るために、現在はアメリカ一極を選択することが現実的な道である、私はそう考えています。(P182)

・「専守防衛」という言葉には、「世界の平和」に貢献しようという積極性・主導性はありません。・・・21世紀という新しい環境の中で、「世界の平和」に積極的に寄与し、以て「日本の平和」と「日本の独立(名誉)」を確保しなければならない時代なのです。さらに、「一国の防衛」は「一国の自衛」だけで成り立たない時代になっていることを認識しなければなりません。自衛はもちろん今も重要ですが、それ以上に世界の安全保障に積極的に参加することがより重要なのです。(P186)

・国際安全保障の目指すところは、いうまでもなく「世界の平和」です。「わが国の安全保障」が「世界の平和」に必ずしも結びつかないことは確かですが、反対に「世界の平和」は「わが国の平和と安全保障」に確実につながります。であるからこそ、私は「世界の平和」のために自衛隊も貢献すべきだと考えているわけです。・・・「世界平和の維持」とはすなわち「世界秩序の維持」ということですが、ここでいう「秩序」と現在の秩序のことです。ですから、現在の世界秩序ということは、現実にはアメリカ一極の秩序ということになるわけです。(P201)