とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

犯罪者

 「天上の葦」が面白かったので、筆者のデビュー作を読んでみた。文庫本で上下全960ページ以上。厚い。そして内容も分厚い。通り魔事件に見せかけた殺人事件から食品会社の工程段階における管理ミスからの病気の発生と隠蔽工作。大企業と政治家との繋がり。産業廃棄物の不法投棄など社会的な問題が次から次へと明らかにされていく。そしてその陰で社会的弱者への悲惨な仕打ちや諦念、さらにそれをバッシングする大衆とそれを煽るマスコミ。特に脚本家としての経験を生かしてのテレビ業界の裏の描写は真に迫っている。

 かなり凄惨な場面もあり、手に汗握るシーンの連続だが、主人公の3人組の明るさ、そして最後はそれなりに明るい結末に至る点が救われる。最終章では、通り魔事件の被害者3人の新盆を追うドキュメンタリーの様子が綴られる。失われた命は戻ってこない。個人捨て駒のように扱う社会や国家、企業がある一方で、それぞれの個人には家族があり、その失われた命と記憶は家族らによって紡がれていく。だから信じて生きていこう。筆者のそんなメッセージが伝わってくる。次は二作目の「幻夏」を読もう。今から楽しみだ。

 

犯罪者【上下 合本版】 (角川文庫)

犯罪者【上下 合本版】 (角川文庫)

 

 

○報告を受けて、事態を判断するのも、事を動かすのも、結局は生身の人間なのだ。そして生身の人間は、安全管理システムだけでなく、また別の目的を持つ幾多のシステムがせめぎ合う中で働いているのだ。(上P236)

○町の小さな仕出屋なら食中毒を一度出せば潰れるが、フーズのような企業はそうではない。最悪、事実が暴露された時も、従業員の数が会社を守ってくれる。大勢の従業員を路頭に迷わせるわけにはいかない。社長はすげ替えられ、フーズは生き延びる。そのことを解った上で、宮島はこの件をもみ消そうとしている。(上P243)

○誰よりも速くゴールを切りさえすればよかった頃、杉田の人生は明快だった。・・・バンクを走れなくなって初めて、自力だけで生きられない世界に放り出されたのだ。それ以降の杉田は、ずっとルールの解らないゲームをやらされているようなものだったのかもしれない。・・・自分たちのように何の力もない人間にとっては、・・・どんな理不尽が廻ってきても最後は受け入れる他ないのだ。(上P488)

○この国の人間は幼い子供と同じだ。・・・そして子供らしい本能で、力のあるものに逆らうのは愚かなことだと心得ている。・・・それほどに無邪気な彼らが、それでも一人前の大人の顔をして生きてこられたのは、国と企業が長い間、彼らを自らの子として守ってやってきたからだ。一所懸命働いてさえいれば、他のことは何も考えなくてよい。・・・それが当たり前と思って生きてきた結果、世間は、企業がもはや子を庇護するのを放棄したことにさえ気づいていない。(下P217)

○この世に生まれてこのかた国家のことなど考えたこともないような幼い企業人たち―政府という機関を、金を払って自分たちにしっくりと合う都合のよい仕組みを作らせるお抱えの仕立て屋のように考えている連中に政治家たちは自ら擦り寄っていく。タイタスは国際競争の名の下にひたすら欲望に忠実に邁進し、欲望がルールと衝突すると政治が改革の名の下にルールを変更してくれる。・・・この国の人間は次々と塗り替えられる新たなルールの下で翻弄され続ける。(下P379)