とんま天狗は雲の上

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思考停止社会

 副題は『「遵守」に蝕まれる日本』。『「法令遵守」が日本を滅ぼす』の続編と言えるかもしれないが、著者のスタンスは一貫して変わっていない。「法令遵守コンプライアンス」という悪霊に取り憑かれたまま、実のない糾弾や非難を繰り返しているうちに、日本社会はますます壊れていく、という警告の書である。そして私も著者の意見に大いに賛同する。「こんな日本に誰がした」とは多くの人が感じ憂えている感情だろう。それを力強く牽引しているのがマスメディアであり、法曹界であるとして、鋭く糾弾するとともに、その原因や改善の方策までも提案している。われわれは本当に一刻も早く、かつてのような風通しのよい、柔軟にして推進力のある社会を取り戻さなくてはならない。著者の警告を胆に深く刻み込みたい。
 本書で取り上げる異常な法令遵守の事例は、まず不二家の消費期限切れ牛乳の使用問題であり、ローソンの「焼鯖寿司」回収事件であり(なんと添付の醤油が消費期限切れだったにすぎないのに全品回収廃棄)、伊藤ハム事件(周辺住民のためにシアン化合物が検出されたことを発表したら、隠蔽と叩かれた)である。さらに、耐震偽装事件、村上ファンド事件、ライブドア事件などを取り上げ、また裁判員制度について検討し、年金改ざん問題を検証する。
 不二家伊藤ハム事件については、発生当時から「どうしてこんなに騒がれバッシングされるのか」と不思議だったし、耐震偽装についても、一建築士を処罰すれば済む問題を、建築工事のたびに建築主に多額の費用捻出を強いる過大な制度構築に向かわせたことは大間違いだと考えている。年金改ざん事件についても、年金申請者のための修正行為まで、社保庁がやみくもに非難されるのはおかしいんじゃないかと日ごろから思っていた。こうした一々の疑問に対して、内部調査等を踏まえ、マスメディの過剰な報道や社会の異常な反応を明確に指摘していく。
 また裁判員制度についても明確に批判している点も痛快だ。だが、社会は未だ全く変わっていない。いや、麻生政権下でますます思考が停止し、ひどくなっているとさえ感じる。
 著者自身、地検特捜部や検事を経てきた経歴から、最後は法曹界がこの状況にどう対応していくべきかが説かれている。もちろん最後の砦として法曹界に期待するところは大だが、それ以前にマスコミを始めとして日本の社会自体が早急に変わる必要がある。もう手遅れかもしれない。最近はそんな悲壮感を味わっているが・・・。

思考停止社会~「遵守」に蝕まれる日本 (講談社現代新書)

思考停止社会~「遵守」に蝕まれる日本 (講談社現代新書)

●(食品企業は)多くの消費者のニーズに応え、食品を安定供給する社会的義務を負っています。・・・そういう食品企業にとって、客観的にみて健康被害の恐れがない程度の問題でただちに工場の生産を全面的に止めることが、本当に社会の要請に応えることと言えるのでしょうか。(P39)
●検察も裁判所も、人事が内部で完結し、判断の適正さについて外部の批判からも基本的に遮断されているところに特徴があります。・・・この状況を打開するためには、経済分野の事件の判断に関して、検察、裁判所の組織を市民に開かれたものにしていくしかありません。(P84)
●司法の世界を市民に開かれたものに変える必要があります。それは、従来通りの司法の世界を市民に理解させ、信頼させることではなく、司法の側を、市民に開かれ、理解される方向に変えていくことなのです。(P116)
●それにしても、「年金改ざん」問題に対する世の中の認識は誤っており、批判・非難の行われ方は明らかに異常です。・・・このままの論調で「年金改ざん」問題で社保庁や職員へのバッシングを続けていけば、厚生年金という制度とその運用に重大な支障を生じさせ、国民全体に大きな不利益をもたらす可能性があるのです。(P152)
●本来、真実をありのままに報道し、社会で起きていることについて、国民に正しい認識を持ってもらうことを使命にしているはずのマスメディアが、かえって世の中に誤解を生じさせているのはなぜなのか、マスメディアは、なぜ社会全体の「思考停止」状態の要因になってしまったのでしょうか。(P161)
●今後、日本の経済社会において、「社会的要請に応えること」をめざす活動によって「法令遵守」という思考停止状態からの脱却を図っていくのであれば、あらゆる分野で、経済社会の実態を十分に理解した上で、問題になっている事項について事実関係を解明し、法律の解釈と適用ができる能力を持つ法律家が、原動力になっていく必要があります。(P206)