とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

スローな未来へ

 作者の島村菜津はノンフィクション作家だそうだ。まちづくりや村おこしに関する専門書は何冊も読んできたが、職業作家の書く地方の取り組み紹介は、見たこと、聞いたこと、その感動や驚きが素直に出ていて、これなら読者の共感を呼ぶだろうなと思った。本書は「週刊ポスト」に連載された「日本で最も美しい村」連合に加盟する町村などにおける、食、景観、環境、若者定住の各取り組みの状況を取りまとめ収録したものである。
 取り上げられた町村は、北海道美瑛町、埼玉県小川町、山形県鶴岡市愛媛県内子町大分県由布市由布院岩手県葛巻町滋賀県高島市三重県多気町、島根県海士町、それにイタリアからカステルノーヴォ・モンティとジッリオ島が紹介されている。
 有名週刊誌の取材ということで、取材される側も美しく語っており、その陰に隠れているはずの暗部や矛盾はほとんど描かれていない。人口約2400人の海士町に150人もの若者が定住したと書くと、あたかも2550人になったかのような気がするが、多分人口は減少し続けているだろうし、生活も苦しいはずだ。そうした厳しい現実にはあまり触れずに地方の取り組みを賞賛するのはどんなものかとも思うが、有名週刊誌での掲載と考えれば、多くの人に関心を地方に向けるという意味ではいいのかもしれない。
 それにしてもさすがノンフィクション作家はうまいこと書くもんだなあと感心する。もちろんだからといって、それぞれの取り組みが大したことではないと言うつもりはない。どれもすばらしく賞賛に値する。しかし明るい面ばかりではない、ということを言いたいだけだ。ハイヒールで「水洗じゃないんですか」と言う女性が過疎の町にやってくる愚行は少ない方がいいと思うから。

スローな未来へ~「小さな町づくり」が暮らしを変える~

スローな未来へ~「小さな町づくり」が暮らしを変える~

●「プロの料理人に伝えても、習った料理の応用が出てくるには一月かかるか、下手したら出てこん。その点、素人は早い。習ったその晩には、もう家で作りようけんね。地産地消も、地域の料理力を上げるのも、普通の主婦からが一番」(P128)
●東京の食糧自給率は1%です。・・・エネルギー自給はゼロに等しい。都市の生活は、山村が支えているのです。山間部は、これまで何もないと唱え続けてきた。けれども、よく考えたら何もなくはない。自然も、エネルギー源も、おいしい食べ物だったふんだんにある。(P163)
●これまで長いこと、私たちは山村や離島や半島を「僻地」と呼んできた。それらは毛細血管の末端で、大都市こそがエネルギーを注ぐ心臓のように錯覚してきた。だが、それは違った。美瑛の浜田町長が言ったように、大都市にエネルギーを送っていたのは、彼らだった。水源の森を守り、食文化を紡ぎ、都市の胃袋を支え、遠い国々から伝わった文化の記憶を留めているのは、彼らの方だったのだ。(P225)