とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

イノセント・ゲリラの祝祭

 「チーム・バチスタの栄光」や「ナイチンゲールの沈黙」のような医療犯罪が繰り広げられるわけではない。「死因不明社会」で書いたAi(死後画像診断)の採用啓発を小説仕立てにしたものと言える。
 「神々の楽園」事件など導入部で多少の事件が描かれるが、小説が繰り広げられる主舞台は「診療関連死因究明等の在り方に関する検討会」略して「医療事故調査委員会創設検討会」さらに略して「医療事故調・創設検討会」だ。白鳥の企てにより検討会委員になった田口が、厚労省キャリア課長や法学者、法医学者などと戦う。佳境は検討会に突然現れた田口の大学時代の麻雀仲間であった病理医・彦根による舌鋒鋭い活躍。医学界をイノセントと呼び、官僚や法学者によって歪められた医療をゲリラよろしく破壊していく。
 解剖を中心とした死後診断を、Aiの導入により少しでも明るいものにしていきたい。
 そんな筆者の願いは、小説世界から始まり、今や現実の社会においても同様の検討会が設置され、医療安全調査委員会の設置も動き始めているようだ。現実の動きについては、海堂尊氏のホームページに詳しい。
 「幻の短編をプラスした全面改稿版」と帯に書かれている「幻の短編」がどの部分なのかわからないが、同時期を舞台とする「極北クレーマー」の断片も描かれており、また美貌の女性病理医・桧山シオンの登場など、今後の作品がさらに楽しみだ。

イノセント・ゲリラの祝祭 (上) (宝島社文庫 C か 1-7)

イノセント・ゲリラの祝祭 (上) (宝島社文庫 C か 1-7)

●長期療養のお年寄りを自宅療養に切り替えるため、厚労省が医療制度を作り直したからですよ。それまで病院で看取ってた入院患者が家に帰され、亡くなる直前に容態が急変すると、救急患者として戻ってくる。それで救急患者が増加したんです。(上P47)
●官僚には医療の現状や未来なんてどうでもいいんです。大切なのはカネと法律だけ。法律の整合性と予算の分捕りが至上命題で、それ以外に傾注するのはバカだと信じる。それが官僚です。(上P105)
●本当のことを口にしたら、世の中の大半のことは崩れてしまうものなんです。(下P121)
●法律家は、現実対応する新ルールに難癖をつけ、すでに存在しているという理由で、盲目的に悪法を継続させる。法の箱庭には手をつけず、社会を変え、自分たちの小さき世界を守ろうと画策する横着者。仲良しの官僚は法律を通達や通知で変形し、自分たちに都合よい、いきあたりばったりのルールの糸を張り巡らせる。それは通達行政の実相です。(下P195)