とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

新三河物語

 宮城谷氏は私の郷里出身の作家である。先日聞いた話では高校の大先輩とか。会社の先輩が高校時代同級生だったとも聞いた。これまで中国史伝には興味がなかったので読んだことがなかったが、郷里の話となると捨ててはおけない。そう思って読み始めた。
 羽根、上和田、深溝、西郡、上之郷、下之郷、柏原、不相、伊奈、田原・・・。懐かしく地理感のある地名が次から次へと現れる。それだけで嬉しい。
 新三河物語は、大久保彦左衛門が書いた「三河物語」の世界を、宮城谷流に書き現わした作品である。時代は、桶狭間の戦いから大久保彦左衛門が亡くなる3代将軍家光の時代まで。ただし、秀忠の時代、家康がまだ隠然として権力を保持していた大阪攻めの前、主家の忠隣が本田正信らの陰謀により蟄居を命じられた頃までが主に描かれている。
 特に活況なのは一向一揆の際の常源・忠俊とその下で働く忠員とその子の忠世、忠佐の活躍である。彦左衛門・平助が地面に「南無妙法蓮華経」の題目を書いたという逸話、忠佐が娶ったおときとおやえの物語、公家から嫁ぎながら常に兄弟たちの心の支えとなった母上の三条の西なども温かく心を打つ。
 しかし物語は次第に大久保家に酷な展開を見せる。三方原での敗走と殿戦、犬居城攻めでの敗走、彦左衛門が成長し、忠世・忠佐を支えて小諸など信州で奮戦するが、家康には見捨てられ残酷な仕打ちを受けて磊落する大久保一族。そんな中でも志を捨てず、与えられた人生を受け入れ、常に信義をもって生きることを続ける大久保家の人々。
 下巻はけっして読んでいて楽しくはないが、その鬱々とした中に作者自身の同郷人としての共感の思いも感じる。3巻にわたり読み終えるのに時間がかかったが、郷里を巡る物語はそれなりに面白かった。何より司馬遼太郎とは違った品のある宮城谷氏の文章がよかった。

新三河物語〈上〉 (新潮文庫)

新三河物語〈上〉 (新潮文庫)

尾張兵からみると、松平勢はぶきみである。無策無謀の集団にみえるが、ひたひたと寄せてくる力は尋常ではない。兵が半数が死んでも、退かず、押すことをやめないのが三河兵である。三河人は、人種がちがうのではないか、とさえおもわれる。(上P25)
●人とは情でつきあうものであり、理でつきあうものではない、というのが、農業を重視し商業を軽視する三河人の根元の思想であり、(上P167)
●人にせよ族にせよ、ほんとうに大きくなるには、人に知られぬ陰徳を積むほうがよい。昨日の功を今日賞美されては、人は成長しにくくなる。その点、もっとも大きな功があった常源に、何の賞賜もおこなわなかった家康の論功行賞には、奥ゆきがあったというべきかもしれない。(上P451)
●西郡の支配者であった鵜殿氏にはおもに上之郷、下之郷、柏原、不相の四家があった・・・ちなみにこの柏原鵜殿家の幼女が家康に仕えて「西郡局」と、呼ばれる。(中P158)
深山幽谷をもつ国の武人は、地形的に大軍を展開することができないことから、軍事における発想が平坦ではなく、妙力を産む襞をもつ。それが兵術であり、兵を量から質へ遷移させるのである。(下P97)
●「いくさは邪であるとは申しませぬが、人を殺してゆく仕業であることにはちがいがありません。兵は詭道なり、ということばもあります。正しくないやりかたで、やむなく国を保つ、というのがいくさです。それでも、大きないくさに敗れれば、国を失います。ゆえにいくさの数を減らし、乾坤一擲のいくさには勝たねばならぬのです」(下P162)