とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

南海トラフ地震と同じ寿命

 アルコールを極力呑まないようにして久しい。先日、ある懇親会で酒好き、タバコ好きの知人が寄ってきて、「酒やタバコをやらないと長生きできないよ」と言う。「いや、別に長生きしたくないし。というか、明日死んでもいいし」と対応。少し大人げないかと思ったが、「明日地震が来るかもしれないしな」と応じてくれたので、「30年以内の発生確率は60〜70%。私の余命も同じようなもの」という話になった。
 調べてみると、現在56歳の私の平均余命は26.22歳(愛知県H23)。確かに南海トラフ地震が発生する確率と私が死亡する確率はほぼ同じくらいのようだ。ということは、私が死ぬまでに南海トラフ地震を経験するかどうかは五分五分。うれしいようなうれしくないような。もちろん地震発生=死亡ではないから、両者を較べるのは間違っているのかもしれないが、並べてみるといろいろなことが考えられる。
 例えば、私よりも年長の人は、地震が発生する前に死亡する可能性の方が高い。だとすると、住宅の地震対策をするよりも健康に気を使った方が意味があるということにならないか?
 同じように交通事故に遭う確率、戦争が起きる確率、ハイパーインフレが起きる確率、宝くじが当たる確率、人生にはいろいろな可能性がある。これらの数字の中に地震発生確率を置いてみると、我々は日常、何にどれだけ注意をし、備える必要があるのか、考えたくなる。
 もちろん可能性が高いものを優先し、低いものは無視していいということではなく、簡単に備えることができることは、例えその確率が低くても対応すればいいし、だからと言って過剰に不安に陥ると、不安商法の餌食になる恐れがある。適切に備えることが重要だ。
 前に読んだ「予想どおりに不合理」「不合理だからすべてがうまくいく」はこうした人間の行動を経済的に検討したものだが、確率といかに付き合うかはなかなか難しい。