とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

パロール・ジュレと魔法の冒険

 クラフト・エヴィング商會のブログでコンビの一人・吉田篤弘が本書の刊行を告知していた。クラフト・エヴィング商會の本と同じようなつもりで購入した。最初のうちは書籍や言葉に対する偏執的なこだわりが面白く、興味深く読んだ。だが、なかなか物語の全体像が見えない。あまりに長く次第に辟易としてくる。
 言葉が凍ったパロール・ジュレ。その秘密を探る諜報員、11番目のフィッシュ、4人の解凍士、彼らを束ねる刑事ロイド。着想と設定は面白いのだが・・・。それでも我慢して読み進めると、さらに登場人物は広がっていく。
 小説の半ば、<幻影のビアホール>で若いウェイトレス・ココノツと出会う。ここから物語は急速に展開していく。私の読む速さも早まる。12年前の爆破事件。7番目のフィッシュとココノツの合体。謎の女・レンの登場。刑事ロイドとレンの過去が重なり、全てが見えてくる。
 読みながら、村上春樹とジャズ・バーの関係を思った。吉田篤弘クラフト・エヴィング商會の関係を重ねて。そして村上春樹の「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」を思う。似た空気を感じるのだけれど、やはり違う。村上作品ではもっと主人公の心情に深く入り込むことで読者の心に迫ってくる。本書は、結局、刑事ロイドとレンの物語だったことが最後で明らかにされる。そしてパロール・ジュレに翻弄された二人のフィッシュ。だが、彼らのいずれもが我々と遠い世界の人間で同化しきれない。彼らは結局、今後どう生きていくのか。
 面白いけれど、長くてちょっと辛い。感動も長さに比すればやや希薄。やはり吉田篤弘クラフト・エヴィング商會に限る。そういう結論に落ち着いた。

●言葉が凍るその謎を解き明かすのは容易ではないが、凍ったものが融けて元の姿に戻されるのはどこでも同じだ。おそらく尻尾はつかんでいる。つかんだ途端に声となって霧散してしまったが・・・羽ばたきが聞こえるなら必ず鳥はいる。(P41)
●記憶の中には他人の言葉ばかり再生され、自分で何を考え、何を話してきたのか、こうして、いくら自分に実況をつづけても、結局は時間とともに言葉は消えてゆく。もし、と考える。もし、こうして頭に充ちる言葉がすべてパロール・ジュレとなってどこかに保存されていたら、はたしてそれを解凍して耳を傾けることにどれほど価値があるのか。言葉も時間も消えてなくなってしまうから価値があるんじゃないか。そう思うと、僕は分からなくなる。(P121)
●君たちには分からないだろうが、自分がまだそこにいる未来など大した未来じゃない。自分が消えたあとに本当の未来がある。・・・思いと言葉は必ず誰かに伝染して君のいなくなった未来の誰かに伝わる。そうして言葉は残される。・・・言葉は凍結されていつか未来に解凍される。(P248)