とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

ジーン・ワルツ

 面白い。そして感動的ですらある。電車の中で思わず流れる涙をそっと拭った。
 医師であり作家である海堂尊の次のターゲットは産婦人科を巡る問題だ。疲弊し崩壊する産婦人科医、医療事故問題、不妊治療に対する保健制度の不備、代理母体外受精技術と現実に追いつかない法整備の問題。さまざまな問題がこのけっして長くはない小説の中にコンパクトかつ整合的に盛り込まれ、かつ面白い。
 冒頭、強烈な官僚批判が書き連ねられている。警察と厚労省との桎梏の狭間で逮捕された産婦人科医。「官僚の思いつき改革」のために疲弊し閉院を余儀なくされる産婦人科医院。体外受精治療のエキスパートである理恵が関わる産院での5人の妊婦の出産。うち2人は不妊治療による体外受精妊娠。一人は途中で流産し、残りの4人もいずれも正常な出産にはならなかった。
 そして理恵自身の子宮・卵巣摘出手術。55歳高齢出産が実は理恵の卵子を使用した代理母であることは途中で想像できたが、まさかその精子が・・・。こうしたエキセントリックな問題だけでなく、未成年者の安易なセックスと堕胎、少なくない奇形の発生など、正常が当たり前になっている常識に警告を鳴らす。
 父親の違う受精卵を混ぜて着床させる必要が本当にあるのかなど、細部では若干凝り過ぎな感もあるが、これを一つの始まりとして、海堂ワールドはさらに幅広く広がっていくらしい。ますます楽しみになってきた。

ジーン・ワルツ (新潮文庫)

ジーン・ワルツ (新潮文庫)

●官僚の思いつき改革で壊滅的なダメージを受けた医院や病院からは、惨状に呻吟する声ばかりが聞こえてくる(P21)
●長年、東京のある地域の出産を司ってきた由緒正しい医院、マリアクリニック。その最後の日々に、正常な発生が一例もなかった。それは、生物学的には正しい流れの中にあるということだったのかもしれない。生物やシステムは、再現性を消失し、異常を発現することで、崩壊していくものだからだ。(P146)
●現実に追いつかない司法が、現実的でない法律を使って現実を隷属させようとあがいています。これはおそらく、制度疲労してしまった官僚制度の断末魔なんです(P157)