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とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

フリーメイスン

 フリーメイスンについて最近は東京タワー近くの日本ロッジが紹介されたり、1ドル紙幣の記号やグラバー邸の文様など、かなり身近な存在として認識されるようになってきた。しかし依然、多くの秘密性を帯び、よくわからない存在であることは変わらない。そんなフリーメイスンの現状と変容についてフランスを中心に描き出していく。

 近代のフリーメイスンはイギリスで誕生し、アメリカでは地域の社交クラブのように機能している。一方でカトリック国であるフランスでは、絶対王政から市民革命、ナポレオン革命等を経験する中で、すべての宗教に開かれた「自由・平等・兄弟愛」を普遍化する組織として存在していく。いまだに入会や階級昇進のためのイニシエーションを実施し、相互の合図やシンボルを持ち、秘密を守る。

 本書ではまずイニシエーションがいかに行われているのかを紹介した後、近代フリーメイスンの成立の過程と現状を、イギリス、アメリカ、フランス、そしてドイツなどそれぞれの状況を紹介する。第3章ではフリーメイスンプロテスタントギリシャ正教イスラム教とユダヤ教、そして非一神教諸国とフリーメイスンと宗教との関係を解説する。日本のフリーメイスン在日米軍とその家族が9割を占めており、互助と慈善活動を中心とした組織に過ぎないようだ。グラバーや坂本龍馬などで言われる陰謀論はまったくあり得ない話だと一蹴される。そして何とイギリスの統一グランド・ロッジのグランド・マスターはケント公なのだ。それだけ欧米ではフリーメイスンは社会に根付いた存在なのだろう。

 第5章では、フランスの政教分離(ライシテ)とフリーメイスンの関係を論じる。政教分離(ライシテ)はカトリック教会が支配する中世的社会から自由・平等・博愛を掲げる現代国家フランスへ至るために達成してきた思想であり、社会的基盤である。だからこそ、昨年のシャルリー・エブド事件は単なるイスラム原理主義者によるテロ事件というに留まらず、フランス社会への挑戦と受け取られた。筆者に本書を書かせた動機の一つはシャルリー・エブド事件の発生だったと思われる。同時に現代国家のあり方も国によって全く異なることがわかる。例えばアメリカは依然「神の国」であり、イギリスは国教会の国なのだ。

 フリーメイスンは単なる秘密結社ではなく、キリスト教社会が変容する中で生まれてきた思想であり組織である。それゆえフリーメイスンの存在自体が欧米社会の文化や成り立ちを明らかにしてみせる。移民やイスラムの問題もフリーメイスンを通してみることで西欧社会の様々な実態と態様が見えてくる。けっして単なる陰謀論を楽しんでおればいい存在ではないのだ。

 

フリーメイスン もうひとつの近代史 (講談社選書メチエ)

フリーメイスン もうひとつの近代史 (講談社選書メチエ)

 

 

○現在のカトリックがメイスンを認めないと言っているのは・・・キリスト教が「神の恩寵によるすべての人の救い」を揚げるのに対して、イニシエーションの儀式により選択的に自力でのステップアップをめざすエリート的なメイスンのシステムがそれに合致していないからである。・・・「愛」を優先する教会とは相容れない・・・秘密結社というのが光に対する闇に相当するので啓蒙の精神に反する、というわけだ。(P51)

○知的エリートたちは科学の進歩にのみ忠誠を誓い、同時代に林立する宗派の確執を超越できるような新たな神話に支えられた安定した結社を創出しようとしたわけである。/その精神に従って・・・各メイスンはその国の宗教を強要されないこと、篤実で忠節や名誉を重んじる善き人間であるならばそれぞれが自分の信仰を持つ権利があることを明記した。(P62)

○フランスでは・・・プロテスタント家庭で育つ子女は信教の自由、思想の自由、寛容と早くから開放を意識化させられるので・・・フリーメイスンに自然と親近感を持つ人が多い。しかしそれを期待してフリーメイスンに入会した人が、フリーメイスンの内部のヒエラルキーの複雑さや典礼の荘厳さに驚いて、これではまるで中世のカトリック教会ではないかと、ショックを受ける場合もある。(P102)

○「政教分離」(ライシテ)はよく言われるような単なる政教分離でもなければ、公共の場での宗教を否定して私的空間に追いやるものでもない。1000年にもわたるローマ・カトリック教会との緊密な政治・外交関係の後で「脱宗教」の人間中心主義こそ近代の普遍価値であると考えた共和国原理主義者たちのもとで、文化の血肉となったキリスト教信仰を存続させようとした人びとがようやく編み上げた「宗教行為をする自由」を保証する手段だったのだ。(P208)

○2015年1月7日の「シャルリー・エブド」の編集部が重武装したテロリストに襲われて編集会議中だった風刺画家や執筆陣が殺戮されたことは、単に「イスラムを侮辱したカリカチュアに鉄槌が下された」事件などではない。フランスの共和国主義の歴史の根幹を攻撃されたものだと多くの人が共感し11日に全国400万人と言われる「共和国デモ」が行われたのは、政教分離のなかで理念や信仰やイデオロギーがせめぎ合ってきた表現の自由の歴史があってのことなのだ。(P220)