とんま天狗は雲の上

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我々はどこから来て、今どこにいるのか? 下 民主主義の野蛮な起源

 上巻「アングロサクソンなぜ覇権を握ったか」と読んで3ヶ月。ようやく下巻を手に取った。やはり読みこなすには難しいし、特に下巻では、アメリカとイギリスとフランスの民主制に対する視線の違いが一つのテーマになっており、その微妙なニュアンスは日本にいてはよくわからない。だが本書を読むと、確かにこれら3か国の微妙な違いの理由も見えてくる。

 何よりまずアメリカは、人種差別の上に築かれた不平等な民主制、という説明が腑に落ちる。イギリスがなぜEUから離脱したか。それをなぜ国民の過半が支持したか。一方で、EUの変質。ドイツはこれら3国と違い、日本と同じ直系家族型社会で、それゆえEUは当初とは違う目的の組織となっている。一方、ドイツと日本は同じ直系家族型社会であり、同様に出生率の大幅な減少、将来的な人口減少を招いているにも拘らず、移民政策に関し、真逆な方針で臨んでいる。それは日本においては将来的な国家消滅を意味する。ロシアや中国に対する分析も興味深い。

 ちなみに、本書はウクライナ紛争前、アメリカがまだトランプ政権下にあった時に執筆されている。たぶんトッド氏が指摘する家族型や宗教類型、高等教育や女性の権利の状況は大きくは変わらないだろう。その上で、今後をどう見通すのか。「日本語版へのあとがき」の最後に「アングロサクソン世界の動向、とくに米国の動向が今後の日本にとって最大のリスクになる恐れがある」(P316)と書いている。我々は今一度、日本をどう運営していくのか、自らのこととして考える必要があるのだろう。国が動かないのであれば、自分のこととして考える必要がある。世界は今、大きな変革の時を迎えている。

 

レイシズム(人種差別)を、アメリカの民主制に残存する不充分な点の一つと見做すことはできない。それどころか、レイシズムはむしろ、アメリカン・デモクラシーを支える基盤の一つなのだ。建国時には、白人集団の内部での平等感覚の発達を促した。その後、移民流入のすべての段階で、インディアンでも黒人でもない者たちの社会統合を容易にした。…今やわれわれは、アメリカにおける民主制の魔法を定式化できる。すなわち、兄弟間の平等の不在+黒人とインディアンの排除→人種主義的民主制(P23)

○1980年~2015年、米国で一貫して急速に不平等が拡大し、同様に雇用の不安定化も深刻化した。…この恐怖は、社会階層の下の方にいればいるほど強迫的なものとなる。収監システムの発展はこの恐怖を別の恐怖、すなわち投獄されることへの恐怖によって処理する。…しかし一般に白人はその脅威を免れる。…国家が人種的に狙いを絞った抑圧をおこなうお陰で、白人の間の平等が最終的に忌まわしい姿に変異を遂げた…。白人が共通に有するもの、それは今や、習慣の恐怖にさほどは晒されないという特権なのだ。(P96)

○先進的社会の中に不平等主義的で反民主的な下意識が擡頭したのは、平等主義的な感覚と民主制を胚胎していた教育領域の同質性が破壊された結果であった。しかし、その変動をもたらしたのは、高等教育を含む大衆教育の進展であって、それを望んだのは左翼である。つまり左翼は、自らは知らずして、社会を不平等性へと導いたわけだ。(P112)

○肝腎なのは、ドイツと日本が、人口学的に見て同じような軌道を辿っていること…である。…人口の変化は、人類全体が統合されていく過程で起こる。…人口転換もまた、まず米国で起こり、その後世界に広がったひとつの革命だと見做されなければならない。そのベースとなった価値観は、まぎれもなく核家族型社会由来だ。すなわち、個人主義的で、自由主義的で、女権拡張的な価値観。…まさにこの価値観に適応しようとしたからこそ、ドイツと日本の直系家族型社会は人口面で機能不全を来し始めたのではないだろうか。(P174)

○1990年に創設された欧州連合EU)は、自由で平等な諸国家のシステムというように描出できた。…この捉え方はすでに失効している。今日では、権威と不平等こそが、欧州システムを描出するのに適切な二つの概念となっている。豊かな国と貧しい国、強い国と弱い国、支配する国と支配される国といった、さまざまに異なる諸国家を包含する階層秩序が現れた。(P232)