とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

たらたら飲んで、食べて、何
もしない

 麻生首相の言動が何かと話題となっている。「ふしゅう」「みぞうゆう」などの「いいまつがい」に始まり、「ほっけの煮付け」や「ホテルのバーは安い」発言で社会常識の欠如を露見した。またこのブログでも取り上げたが、定額給付金の地方丸投げを「地方分権」と言った時には、思わず椅子からずっこけた。
 「医者は非常識」発言に対しては、ブログ界では意外に「そのとおりだ」という意見もあったりして面白かったが、その割には発言後の信念が見られず、PTA大会での親批判と合わせて、空気が読めない人間であることを暴露したに過ぎない。

 そして今回の「たらたら飲んで、食べて、何
もしない人の分の金を何で私が払うんだ」では、さすがに国のトップが発言する言葉ではないと、今まで以上の騒動となった。加えて、その後の記者会見で、「・・・というのであれば、謝ります。」という言葉の使い方が注目を集め、「謝罪してないだろ!」という批判が殺到した。
「誰も通らない裏道:「〜〜というのであれば」という用法」
 もっともこれについては、マスコミは「発言を謝罪」という見出しを掲げ御用機関であることを露呈するとともに、この言葉の不自然さを取り上げないことで、言葉で生きる組織が意外に言葉に対して無神経であることを見せつけた。

 この発言、税金から給与をもらう首相自らが、自らに戻ってこないような社会保険料や税金は払いたくない、ということを表明しており、国民に対して、「相互扶助の否定」、「モラル・ハザードの勧め」をしたとも言えるし、「人間、損得勘定が全て」という人生観を披露したとも言える。
 こうした人生観は、教育の場でもあまねく普遍化しており、なるべく少ない努力で最大限の成績を手に入れようという子どもたちを生み出し、日本の構造的な学力低下をもたらしているというのは内田樹先生の持論だが、姑息な言い訳をしたら「ママ、だめだよ。そんな麻生総理みたいなこと言っちゃあ」と言われたという話もあり、意外に反面教師になっているかもしれない。
「きっこのブログ:総理大臣VS小学生」

 先日読んだ「琥珀色の戯言:ルポ 貧困大陸アメリカ☆☆☆☆☆」では、悲惨なアメリカの現状を報告した新書「貧困大陸アメリカ」を紹介しつつ、医療保険を民営化した結果、低リスク者用低額保険と病人用高額保険に二分され、多くの医療保険未加入者を生み出したアメリカの現状が披露されている。
 このブログでは最後に「某国首相も、マンガばっかりじゃなくて、今すぐこの本を読め!と書かれて終わっているが、実は某国首相は、既にこの本を読んでいて、アメリカのような国になりたいと思ったがゆえの発言かもしれないと思ってしまった。いや、読んでないだろうけど、「低リスク者用低額保険と病人用高額保険に二分」というのはまさに某国首相が望んでいる保険制度じゃないですか。あな、おそろしや、おそろしや。