とんま天狗は雲の上

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首相は誰の責任を負うのか

 「news23」で自民党が配布した冊子が取り上げられた際に、「立憲民主・枝野代表の無責任を嗤う」という記事に関して、安倍首相が「無責任は無責任だと思いますよ」と言い、立憲民主党共産党の野党協力を批判した。冊子の件と言い、党首討論での安倍首相の対応と言い、不見識極まりないと思うが、安倍首相の「枝野代表は無責任」という言葉について、いったい安倍さんは誰に対して無責任だと言ったのかと疑問に思った。

 言い出した文脈からすると、自衛隊は合憲だとする立憲民主党が、自衛隊違憲だとする共産党選挙協力することについて無責任だと言っているので、無責任の対象は立憲民主党員ということになるのかな。自民党が配布した冊子を読めばわかるのかもしれないが、残念ながら(幸いなことに)私の手元に冊子はないし、ネット等で検索する気も起らない。

 だが、自民党の党首が立憲民主党員のことを慮って、「おたくの党首は無責任ですよ」というのも大きなお世話だ。それとも立憲民主党の党首たるもの、日本国民に対してその発言や行動に責任を有すると言いたいのだろうか。いや、我々は立憲民主党党首にそこまでの期待は持っていない。安倍首相が日頃よく言っている「悪夢のような民主党政権」という言葉には、全国民の期待に応えられなかった民主党政権という意味合いがあるのかもしれないが、現在の立憲民主党に対してそこまでの期待を持っている人はいないのではないか。

 逆に現在、日本国民の期待を一身に背負っているのは、安倍首相自身、もしく自民党政権ではないのか。いや、自民党支持者以外は大して期待はしていないだろうが、総理大臣は日本で唯一の、日本国民及び日本政府を代表するポストであるから、日本の全国民に対する責任を負っていると言えるのではないか。

 にも関わらず、安倍首相や麻生大臣等の発言からは、現在の自民党政権の人々はどうもそうした認識は持っていないように感じる。彼らが責任を負っていると感じているのは、あくまで自民党の党員であり、自民党支持者、選挙で自民党に投票をしてくれた人だけのようだ。自民党を支持しない、他党を支持するような国民に対しては、その期待に応える必要もないし、彼らがどうなろうが責任は負わない、負う必要もないと思っているようだ。

 そんな政党に政権を任せていいのか、と思う。自党支持者に対して責任を感じ、彼らの利益を最大考慮して政権運営をするということはいけないとは言わないが、政権を担うとなったら、支持をしなかった国民、野党支持者や棄権をした人たちに対しても、きちんと説明責任を果たし、ある程度の理解を得て政策を進めていくという姿勢を持っている政治家や政党が政権を取ってほしいし、そうあるべきだと考える。

 たぶん今の選挙制度が、選挙で勝ちさえすれば、次の選挙まで何をしてもOK、という形になっている点に問題があるのだろう。北方領土問題で不品行な言動を重ねた国会議員を辞めさせることもできないという仕組みに不備がある。ではどういう制度が必要なのかということは、専門の政治学者等に検討してもらいたいが、少なくとも私たちは、選挙に勝利して政権与党になっても、国民全体に対して責任を負って政策遂行をするという当たり前の自覚のある政党に政権を委ねたい。

 もっとも今回の選挙は、政権党を決める選挙ではない。だからこそ安倍首相の無責任発言が何を意味しているのかと疑問に思ってしまう。今回はより多様な意見(を持つ政治家)を国会内に送り込むための選挙ではないだろうか。ついては、そういう目で今後の選挙戦での各党の言動などを注視していきたいと思っている。