とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

テロリズムの罠 右巻

●不安の時代に人間は、ファシズムテロリズムレイシズム(人種主義)などの罠に落ちやすくなる。その危険から逃げるためにも、知的基礎体力を強化することが重要だ。(P237)

 あとがき最末尾の一文だ。本書に収録された論文の多くは、「角川学芸ウェブマガジン『WEB国家』」に掲載されたものだ。『WEB国家』は、筆者が責任編集するサイトで毎月公開更新している(らしい)。ウェブマガジンだからか、「筆者自身」の知的基礎体力の強化過程が公開されているという感じでもある。「第5〜7章の論考が難しいかもしれない」という趣旨のことが「はじめに」に書かれていたが、何が難しいと言って、引用されている宇野弘蔵滝沢克己の論文が難しい。しかも引用部分が全体の2/3近くを占めている。しかし、今の時期にこそマルクス哲学を読み込むことが重要という視点は興味深い(ちなみに私に経済学の知識は皆無ですが)。筆者の経歴であり根本的な問題意識でもある神学研究がベースになっていると思われる。
 基本的に本書では、人間労働を経済価値に置き換えることで抜け落ちた人間の生と社会生活を基礎に、現在の経済危機及びそれが引き金となって進行しつつある政治状況の転回が分析されている。本書は同時刊行された左巻(副題:新自由主義の行方)と対になっている。副題は「忍び寄るファシズムの魅力」。右巻とはいうものの、国際情勢としては、ロシアと中国が取り上げられている。国家社会主義全体主義的な体質に目を向け、ファシズムに通じると指摘し、それはアメリカ・オバマ大統領が向かいつつある方向でもあると指摘する。
 新自由主義が引き起こした社会格差の拡大が、全体主義民族主義新帝国主義につながりかねないと警鐘を鳴らす。確かにそうかもしれない。加えて、「右翼よ目覚めよ。大衆の生活に目を向けた真の右翼としての行動を起こせ」と促す(しているように読める)。その是非はいざ知らず、「知的基礎体力の強化」は必要だろう。続いて左巻を読んで体力強化に努めよう!

●私は、オバマ氏に危険な要素を感じている。オバマ氏の思想に、1920年代初頭のベトニ・ムッソリーニ統帥につながるニュアンスを感じるからだ。(P5)
●リストは、個人と世界の中間にはそれぞれの文化と歴史によって制約された民族=国家がある・・・と考えた。各民族が独自のルールをもって切磋琢磨し合うのが本来の世界のあり方であり、このような棲み分け理論が現下ロシアの政治エリートには魅力的なのである。(P68)
●労働者階級の運動は、資本家の富を労働者が奪取するために行うのではない。「簒奪の思想」を超克するために行うのだ。「簒奪の思想」を超克するということは、商品経済ではなく、贈与と相互扶助が経済の基礎に据えられた社会が形成されることである。(P171)
●問題は絶対的貧困だ。人倫の問題として、絶対的貧困を許してはならない。絶対的貧困が生じると、国民の同胞意識が薄れる。 (P189)
●現下、日本の資本主義では、低所得者の労働者は、階級として次世代の労働者を再生産できないほど収奪されているのである。・・・このままだと日本の資本主義システムは内側から崩されていく。(P201)
●国際社会の現状は、新冷戦ではなく新帝国主義であると筆者は考える。・・・新帝国主義は、維持するのにコストがかかる植民地を必要としない。ただし、国家と資本が一体となって国益を追求する中で資本の価値増殖を追求するという構造は、帝国主義新帝国主義も同じだ。(P214)