とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

マルコムX

 マルコムXを知ったのは、本田勝一の本によってだった。キング牧師に反対し、過激な黒人解放運動を繰り広げた男がいる、と。しかしその頃には既に暗殺されており、彼の人生に関する詳細な情報は入ってこなかった。
 その後、映画化された。しかしこれも見に行っていない。テレビで放送されたことはあったのだろうか。いずれにせよ、マルコムXは日本ではほとんど知られていない黒人活動家であり、キング牧師の陰に隠れた存在である。
 今回この本が発行されたのは、黒人初の大統領としてバラク・オバマが就任したからだろう。こうしてわかりやすくその生涯を知ることができ、今はとても喜んでいる。
 マルコムXはなぜ「X」と名乗っていたのか。その理由は名前に刷り込まれた白人支配の痕跡から脱するため。そう言われると、なるほどと思う。名前とは、ハリー・ポッターゲド戦記、また古来の呪術などでも取り上げられるとおり、人間を縛るものかもしれない。
 「ネイション・オブ・イスラム」の有能なスポークスパーソンとして活躍したマルコムXは、その後、その師であるイライジャ・ムハマドに放逸され、さらに大きな存在となっていく。
 彼がいかに語ったか。その神髄を拾う第3章「言葉の人間・その演説」は非常にすばらしい。彼の思想とその到達点がよくわかる。そして人々が熱狂した理由も。その中には、権力者によるメディア操作に対する批判がある。これはまさに現在の日本のマスコミ、そして陰の権力者たちの実相を写した言葉ではないか。
 人権に辿り着き、地球市民としての人間存在を訴えたマルコムXの姿は、未だに民族主義に絡め取られ、既得権益の擁護のために権力行使を繰り返す現在の世界の姿に対しても十分有効な説得力を持つ。
 彼のような人物の存在を今まで知らなかったこと、そして同時期にその演説や人に触れることができなかったことを悔やむ。「マルコムXとはどんな人物だったのか」という長年の疑問に答えてもらいすっきりした気分以上に、その壮大さ、神々しさに戦慄を覚える。今の時代にこそ彼が生きていればと思ってやまない。

マルコムX (岩波新書)

マルコムX (岩波新書)

キング牧師は統合主義、すなわち白人社会の価値観の中へ黒人が組み込まれることを要求した。それとは反対にマルコムXのブラック・ナショナリストの思想は分離主義だった。・・・黒人の誇りは白人の歴史・文化の中には見出せず、黒人の歴史・文化の中にあるという根本的な考えかただった。(P10
●奴隷解放後、元奴隷が書類に記入するために、便宜的に自分の苗字にしたのが白人農園主の名前だった。・・・元奴隷は解放され自由になったはずが、自分のアイデンティティの一部に白人の名前を取り込んでしまい、「白人の名前」に隷属することになった。この命名行為の理不尽さを気づかせたのが、「ネイション・オブ・イスラム」の戦略だったXへの名前変更である。(P85)
●マルコムXは、自分たちが求めるのは人間の尊厳であり、公民権ではなく人権であると発言した。(P150)
●人権は生まれもっての権利である。・・・公民権にとどまっていれば、それはアメリカの国内問題だが、人権であれば地球市民の問題であると強調した。(P160)
●「西側は勝手なイメージを作り上げ、卑劣なトリックを使う」。「権力の地位にある者が、邪悪を正当化するためにイメージを捏造する。メディアを利用し、悪魔を人道主義の顔にし、人道主義者を悪魔の顔に作り上げる」・・・権力体制はメディアを操作する力を持ち、犯罪の犠牲者を犯罪者に仕立て上げ、犯罪者を犠牲者のように世間に向けて映し出す。(P162)