とんま天狗は雲の上

サッカー観戦と読書記録と日々感じたこと等を綴っています。

妄想かもしれない日本の歴史

 あとがきに、戦争に散った読売巨人軍沢村栄治投手の話が書かれている。しかし実は沢村投手は出征の前に巨人軍をクビになり、南海軍へ入団しようとしていた。沢村投手を失ったのは巨人軍ではなく南海軍であった。しかしこのことはほとんどの人が知らない。我々が信じている歴史は読売新聞によって流布されたものだった。
 歴史はそれを語る者によって真実とは違うものとして描かれていく。それはある意味常識とは言いつつ、多くの場合、教えられた物語をそのまま信じている。「妄想かもしれない日本の歴史」はまさにそのタイトルどおり、多くの我々が信じ込んでいる歴史にくさびを打ち込む。
 とは言っても筆者の井上章一氏は国際日本文化研究センターの研究者でトンデモ話を書き込むわけではない。非常に控えめながら、違う解釈や論争もあるんですよ、と教えてくれる。
 中でもなるほどと思ったのは「終章 日本中世史のえがき方」。日本の平安鎌倉期の歴史叙述は、脱亜入欧の精神の下で書かれた世界史的には偏見に満ちたものではないのか、という指摘は興味深い。
 他にも、西郷ロシア脱出説が原因となった大津事件の真相、関東と関西という言葉に込められた意味、法隆寺のエンタシスの嘘、出雲大社の原型など、興味深い事実や学説がたくさん披露されている。
 考古学に魅せられている大先輩がいる。過去の真実はわからない。だからこそ想像力はどこまでも飛翔する。歴史は確かに面白い。歴史学へ誘う好著である。

妄想かもしれない日本の歴史 (角川選書)

妄想かもしれない日本の歴史 (角川選書)

応仁の乱は、さまざまな古い制度をなしくずしにさせた内乱であった。荘園制も瓦解し、貴族や大寺院の力も、加速度的におとろえていったのである。そんな衰退期に、しかし一条教房は敢然とたちむかう。土佐の中村へのりこんだこの公家は、・・・いくたの難関をのりきった。貴族が没落していく時勢のなかで、みごとな転身をなしとげたのである。(P28)
●戦争終結後に浮上した西郷生存説のほうは、けっこうまことしやかに語られた。・・・1891(明治24)年には、とうとうロシアでも延命説も出現した。いや、それだけではない。この年ロシアから来日する皇太子ニコライにともなわれ、あの西郷がかえってくるという風聞もながれだす。・・・/このヨタ記事を、滋賀県大津町の巡査・津田三蔵は真にうけた。西南戦争へ参加し武勲のあった津田は、これで自分の勲功も剥奪されると思いこむ。それですてばちになった彼は、日本へやってきたニコライを大津で襲撃した。世に言う大津事件は、西郷=ロシア帰還説のおかげで勃発したのである。(P39)
●機内が関西になり、関東が首都圏へと、名前をかえていく。ただ、名称を変更されただけだと、そうかんたんにうけとるべきではない。そこには、東西の力関係が逆転した歴史も、読みとりうる。東京遷都以降の政治力学が、はっきりきざみこまれているのである。/くりあえす。関西という言葉は、明治以降になってひろく普及した。江戸期以前からなじまれていたわけではない。(P129)
●「大和」は世界最大の戦艦だ。今でも、「大和」をこえる戦艦はない。今後も、永遠に世界一でありつづける。「大和」よりもりっぱな戦艦をつくっても、今の戦争では意味がないのだから。(P209)
●原はヨーロッパ史を、日本のなかだけにあてはめた。アジアのなかで西洋化していくのは、日本のみ。中国や朝鮮は、そういう方向にむかわない。中華文明とともにある大陸は、西洋化からとりのこされてしまう。・・・原だけがこういう想いにとらわれていたわけではない。・・・後世の歴史叙述は、おおむね原の図式にしたがった。何より、いまの歴史教科書にも、それはいきづいている。(P222)