とんま天狗は雲の上

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家族とは何か

 わが社では毎年、年度初めに「自己申告シート」という名のプロフィール票を提出することになっている。そこには学歴や資格、特技、趣味、健康状態などと並んで、「家族の状況」という欄があり、続柄や名前・年齢・学校又は勤務先とともに同居か別居の別を記入するようになっている。上司は部下のシートを確認し、それぞれの状況に応じた勤務体制の整備や変更を行う。そのために必要な情報と理解しているが、時々迷うのが「家族の状況」欄の書き方だ。特に若い社員で、家族の範囲をどこまでとするのかが人それぞれになっている。
 結婚前で両親・兄弟と同居している場合は、同居家族が全員記入されていることがほとんどだが、一人暮らしを始めた者も、両親などを「別居」としつつ、家族として記入していることが多い。だが、結婚して親と別居すると、配偶者のみが家族欄に記入されるようになる。しかし結婚後、親世帯と隣居している社員は家族欄に両親を「別居」として記入している者もいる。その後、離婚して一人住まいとなった者は家族欄は「なし」となっていた。どうやら家族の範囲は、家族との住み方によって変化するらしい。
 最近、「近居」という本を読んだ。その本では、住宅=世帯というこれまでの考え方を見直し、家族という単位で住宅政策を検討する必要があるということが書かれていた。家族が一つの住宅に住むだけでなく、いくつかの住宅に分かれて住む場合も多いことから、世帯単位ではなく家族単位で居住の状況を捉え、住宅政策を考えていく必要があるという主張だ。
 なるほど確かに、世帯だけを見ていても家族の実相が見えない。いやそもそも家族とはどこまでを言うのか。明確に何等身までと家族の範囲を明確にして、同居や隣居、近居、遠居などその居住状況と交流の状況などを把握する必要がある。
 年金制度にしろ、介護制度にしろ、育児支援の仕組みにしろ、今の社会の仕組みは世帯の状況だけからその仕組みを構築しているように見える。しかし実態は娘夫婦が近くに住んでいて日頃からお互いの助け合いが行われている家族もあれば、親類縁者とは無縁の生活をしている一人暮らしの世帯もある。近居世帯に対する支援を減らせというのではないが、すべての世帯が独立している前提で制度設計をすると、多くの部分で無駄が発生し、一方で十分な支援が行われない状況も生まれるのではないか。
 その辺りをうまく考えていくためにも、世帯単位から家族単位で制度設計をしていく必要がある。「家族とは何?」という問いで始めたが、けっこう社会的に重い意味を持つ問いだったような気がする。そんな議論は居住分野以外でもどこかで行われているのだろうか。