とんま天狗は雲の上

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皇室がなくなる日

 「生前退位」の問題については、まさに今、議論され、法制化されようとしている。しかし「そもそも皇室とは何か、その存在意義は?」といったことは、ネトウヨなどの存在もあって、なかなか真正面から論じられることは少ない。「皇室がなくなる日」というタイトルからは、そうした皇室の役割や意義などについて考察されているかと期待した。

 本書は3部で構成されるが、このうち、第1部は「古代日本の天皇制国家―律令国家の形成」、第2部は「近代日本の天皇制国家―明治国家の建設」と、大部分は専ら歴史問題について考察される。第1部の大化の改新前後の皇極女帝と持統女帝の時代、天皇は称制(天皇空位のまま、皇太子や皇后が政務を行うこと)され、また皇極天皇重祚している。兄弟継承か、直系継承かを巡り、初めての譲位も行われた。天智天皇天武天皇の確執や持統女帝の子・孫への皇位継承の意欲、藤原不比等などの側近の役割など、様々な状況について、多くの史料や歴史学者の学説などを渉猟しつつ、自らの説を述べていく。

 第2部では、孝明天皇徳川慶喜を中心に、薩長土肥など諸藩の動きを調べることで、天皇親政がいかに扱われていったかを解明する。いずれも現在の生前退位とどう関係するのかはよくわからないまま、「明治天皇典範が制定されるまで、譲位制が続いた」という記述からは、生前退位を肯定するのかと思っていた。

 そして第3部では専ら皇位継承問題について語られる。終戦直後の憲法および皇室典範の検討過程における議論から、2011年の野田内閣による検討作業まで、様々な史料を読み込みつつ、現行皇室典範では皇族の減少による皇統の危機に対処できないことを述べる。慎重に議論を重ねるが、詰まるところ、筆者の意見は「皇室典範第9条及び第12条改正により、養子制度や女性皇室を解禁せよ」ということのようだ。

 それらはいいとして、「生前退位に対する筆者の意見は?」というと、ようやく最終章で少し、そして「おわりに」で明確に、「生前退位は反対である」旨、明記される。その理由として、「生前退位天皇の国民統合機能の低下を呼ぶ恐れがある」という。ん? 「天皇制は国民統合にその役割がある」というのは憲法第1条の条文からひかれるが、問題はそれが国民の総意となっているかどうかではないか。本書にも「国民の総意」について記述されている部分があるが、多数決でいいのか、曖昧な記述にとどまっている。

 結局「皇室がなくなる日」というタイトルは、「現在の皇室典範の元ではその可能性が高いですけど、みなさん、いいんですか」というある種ブラフ的な使われ方であり、「皇室がなくなるとどうなるか」ということを詳細に問うものではなかった。それでも、律令国家、そして明治国家の草創期において、天皇がいかに扱われ、制度化されてきたかという点は非常に興味深く、勉強になった。果たして現在の日本は、これらの時代と同様な状況にあるのだろうか。天皇はそれに対する機能として意味があるのだろうか。

 

皇室がなくなる日: 「生前退位」が突きつける皇位継承の危機 (新潮選書)

皇室がなくなる日: 「生前退位」が突きつける皇位継承の危機 (新潮選書)

 

 

○譲位制は、645年以降1889年に皇室の家法として明治天皇典範が制定され、終身制が復活するまでおよそ12世紀間、1000年以上も続いたのである。・・・譲位の慣行がひらかれた結果、こうした院政という政治形態が誕生し、家父長権に依拠する上皇が「治天の君」として恣に政治の実権を掌握したため、天皇の権力は著しく形骸化されたことはよく知られている。・・・しかしながら、日本の「王権」はかかる危機とひきかえに、きわめて穏健で非暴力的な譲位という王位継承の慣行を生み出したことも事実である。(P62)

律令国家と明治国家は、天皇を中心とする中央集権国家であり、外圧を契機にいわば人工的に形成された側面が大きい。古代にあっては、派遣国家である中華帝国の脅威から日本を守るために、あえて中華思想を受容し徳化に名を借りた軍事侵攻を抑止しようとしたのである。・・・欧米列強の外圧に苛まれつつ形成された明治国家も・・・安政年間に欧米列強と締結した不平等条約を改正するべく自ら西欧化の道を選択したのである。両国家は天皇制国家であったため、ともに太政官制を拠り所に政治発展を遂げたのもけっして偶然ではなかったといえよう。(P72)

天皇と皇族によって構成される皇室が消滅したら、当然天皇の統合力も失われることになる。国家的危機、政治的危機に見舞われたとき、果して日本人は何を中核としてまとまったらよいのであろうか。/もちろん、皇室以外にも日本人の心を一つにするものがないわけではない。一例を挙げれば、スポーツによるナショナリズムの喚起がある。(P231)

○現行憲法下にあっては、安定的な皇位の継承について考える上では天皇や皇嗣と国民との関係や相互作用が最も重要である。したがって、国民の中に男系継承の伝統を重視する考えが根強く存在する以上、こうした意見を尊重することも必要であろう。・・・皇位継承を安定化させるためには、皇室典範第9条を改正して養子を解禁するとともに、同第12条を改正して皇族女子が婚姻後も皇室にとどまりうるようセーフティネットを張ることで皇位継承資格者をしっかりと確保することが肝要であろう。(P248)

○筆者が最も強調したかったのは、「退位の制度化」により「憲法が定める象徴としての国民統合の機能が低下するおそれがある」ということにほかならない。・・・残念ながら、陛下が在位中のこの四半世紀余、日本経済はデフレ下に低迷し社会全体に閉塞感が漂った。・・・多くの国民が日々、様々な不安を抱えながら生きている。/こうした不安な時代にこそ、日本人の心の絆が強く求められていることはまちがいない。そしてそうした心の絆を社会の中心でまとめているのが皇室である。(P276)