とんま天狗は雲の上

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持続可能な医療

 広井良典の著作としては先に「人口減少社会のデザイン」を読んだが、本書については「医療制度」をテーマにした本ということで、これまで読まずにきた。しかし前著を読むうちに、やはり本書も読んでおくべきではないかと思い、遅まきながら手に取ってみた。しかし「持続可能な医療」というタイトルは本書の内容の一部しか捉えていない。「医療制度を通して考える持続可能な社会」といったタイトルの方が適切ではないか。すなわち、医療制度だけでなく、より良い医療制度、持続可能な医療を構築していくためには、持続可能な社会づくりが不可欠である。そうした視点から、特に第4章「コミュニティとしての医療」では、まちづくりや地域の持続可能性について論じている。

 第2章「政策としての医療」の冒頭で

○「持続可能な医療」を考える時、私たちが活用できる資源や環境は“有限”であり、したがってその「配分」をどうするか、あるいは「優先順位」をどのように考えるかがきわめて重要なテーマとなる。(P050) 

  として、社会保障制度としての医療の配分の問題について論じ、後半では医療における「公共性」という視点の重要性について論じる。第3項「医療政策の目的ないしゴールは何か」では、健康と幸福の関係について考察している。

 また、第1章「サイエンスとしての医療」では医療技術について、第3章「ケアとしての医療」では、科学とケアの融合、「ケアとしての科学」について論じている。第3章はやや理念的に過ぎる印象があるが、いずれにせよ、単なる臨床医療としての医療制度だけでなく、医療の目的にまで遡って、医療制度を考えようとしているのである。さらに、第5章「社会保障としての医療」では、医療・福祉と連動した持続可能な福祉社会について考察する。

 以上のように、筆者の視野は、医療制度に留まらず、社会全体、さらに死生観も含めた人生全体を見渡そうとしている。内容的にはこれまで書いてきた著書の流れから大きく変わるものではなく、また本書では特に医療制度について具体的に提案もしていることから、「持続可能な医療」というタイトルでもやむを得ないのかもしれないが、それでもやはりタイトル的に損をしている。医療関係者だけでなく、まちづくりや地域づくりに関わる人々も含めて、もっと多くの人に読んでもらっていい。そんな視野の広い好著である。

 

持続可能な医療 (ちくま新書)

持続可能な医療 (ちくま新書)

 

 

 

○かりに開業医の平均収入を現在の2800万円程度から1800万円程度にするように働くような何らかの総枠規制を行ったとしよう。診療所の数は…約10万なので…減額分はトータルでは約1兆円となる。この額を、入院医療や高次機能医療、チーム医療など…日本の診療報酬の中で配分が手薄な部分に再配分してはどうか。これによって、様々な面での病院医療の改善や…過重労働の緩和、医療システム全体としての費用対効果の改善が期待できると私は考える。(P068)

○医療と類似した典型例が「土地」や「都市計画」をめぐる諸課題だろう。…ヨーロッパでは病院は公立病院が中心で…機能しているが、日本では公立病院はその「経営効率」が概して批判されることが多い。しかし…市場経済的な経営効率という視点だけで公立病院の役割や現状をとらえるのはミスリーディングだろう。…個人や企業を含めて様々な主体が、私的な利益だけでなく、社会全体にとって最適な、望ましいあり方が何かを考え行動し構想していくのがここでの「公共性」である。(P075)

○高度経済成長期以降の日本では、特に男性にとっての最大の居場所は他でもなく「カイシャ」であった。しかし現在では、退職高齢者が増加する中で「居場所」づくりということが日本社会全体の課題となっている。/実は子どもの居場所、若者の居場所もそれぞれ同様に課題となっており、いわば社会全体として新たな「居場所」を模索しているのが現在の日本と言えるのであり、「居場所」という視点を意識したまちづくりや都市・地域政策が重要になっている。(P147)

○新たな視点で「地域の豊かさ」や「地域の幸せ」をとらえ直す試みが各地で百花繚乱のように始まりつつある…地域における医療や福祉のありようは、それらだけを切り離して考えるのではなく、…まちづくりや都市・交通政策、コミュニティ空間、地域経済そして「地域の豊かさ・幸福」という、より大きな視点や発想のもとでデザインされていくことが求められている。(P166)